親が所有していた自宅を相続する場合と、アパートや賃貸マンション、貸店舗、貸家、駐車場などの「賃貸不動産」を相続する場合とでは、相続後に対応しなければならないことが大きく異なります。
賃貸不動産には入居者やテナントがおり、相続が発生した後も毎月家賃が発生します。
また、敷金の返還義務、修繕、管理費、固定資産税、借入金なども関係するため、「不動産の名義だけ変えれば終わり」というわけではありません。
特に相続人が複数いる場合には、
「遺産分割が終わるまでの家賃は誰のものなのか」
「一人の相続人が家賃を受け取っていてよいのか」
「敷金は誰が返すのか」
といった問題が生じやすくなります。
この記事では、賃貸不動産を相続した場合に確認しておきたい相続登記、家賃収入、賃貸借契約、敷金、借入金、遺産分割、税務などのポイントを司法書士の立場からわかりやすく解説します。
賃貸不動産の相続は「所有権」だけを考えてはいけない
被相続人が賃貸不動産を所有していた場合、その不動産そのものだけでなく、賃貸借契約に関係する権利義務についても確認する必要があります。
例えば、毎月の家賃を受け取る権利がある一方、建物を使用できる状態に維持する義務、敷金を預かっている場合の返還義務などがあります。
オーナーが亡くなったからといって、入居者との賃貸借契約が当然に終了するわけではありません。
相続後も賃貸関係は継続しますので、相続人側では賃貸不動産の所有関係だけでなく、「大家として何を引き継ぐのか」を整理する必要があります。
民法では、不動産の所有権移転に伴う賃貸人の地位や敷金返還債務の承継についても規律が設けられています。
したがって、賃貸不動産の相続では敷金などの負担を無視して資産価値だけを見ることは適切ではありません。
注意点1 まず賃貸借契約・家賃・敷金・管理状況を確認する
賃貸不動産を相続した場合、最初に行いたいのが現在の賃貸状況の確認です。
賃貸借契約書、入居者一覧、賃料額、共益費、敷金・保証金、更新時期、滞納の有無、保証会社との契約、管理会社との管理委託契約、火災保険などを確認します。
アパートやマンションであれば、複数の入居者からそれぞれ敷金を預かっていることもあります。また、事業用テナントでは保証金が高額になっているケースもあります。
相続人から見ると賃貸不動産は「毎月家賃が入ってくる財産」に見えますが、将来的な敷金返還、修繕、原状回復、設備交換などの負担もあります。
そのため、相続財産を把握するときは単純に土地・建物の評価額だけを見るのではなく、賃貸借契約に伴う負担まで含めて確認することが重要です。
注意点2 管理会社や入居者への連絡を早めに行う
所有者が亡くなったことを管理会社が知らないままになっているケースがあります。
管理会社を利用している場合には、まず所有者が死亡したことを伝え、今後の管理方法や家賃の送金先について確認します。
自主管理の場合には、入居者やテナントに対して、新しい連絡先などを案内する必要が出てきます。
もっとも、相続人が複数おり遺産分割が済んでいない段階で、一人の相続人が勝手に「今後は自分が大家なので、自分の口座へ家賃を振り込んでください」と変更してしまうのは注意が必要です。
後述するように、遺産分割前に発生する家賃は、その不動産を最終的に誰が相続するかとは別の問題になるからです。
相続人間で家賃の管理担当者を決め、専用口座などで入出金を管理し、家賃、管理費、修繕費等について記録を残しておくと、後日の精算や確定申告を行いやすくなります。
また、亡くなった方名義の口座は相続手続によって利用できなくなることがありますので、家賃の振込口座についても早めに整理しておいた方がよいでしょう。
注意点3 遺産分割前の家賃は「不動産を取得した人のもの」になるとは限らない
賃貸不動産の相続で特に重要なのが、相続開始後から遺産分割までに発生した家賃の扱いです。
例えば、父が賃貸マンションを所有しており、相続人が長男と長女の2人だったとします。
父が亡くなってから1年間、遺産分割がまとまらず、その間に600万円の家賃収入があったとします。その後、「賃貸マンションは長男がすべて相続する」という遺産分割協議が成立した場合、600万円も最初からすべて長男のものになるのでしょうか。
原則として、そうはなりません。
最高裁判所平成17年9月8日判決は、遺産分割前の賃貸不動産から生じた賃料債権について、遺産そのものとは別個の財産として、各共同相続人がその相続分に応じて取得すると判断しています。
そして、後から遺産分割が行われても、それまでに発生した賃料債権の帰属は変わらないとしています。
国税庁も同様に、遺産分割が確定していない賃貸不動産から生じる不動産所得については、特定の相続人が家賃を管理していたとしても、原則として各共同相続人が法定相続分に応じて申告するとしています。
遺産分割が後から成立しても、未分割期間中の所得の帰属には影響しません。
つまり、「長男の口座に家賃を全部入れていたから長男の所得」ということにはなりません。
賃貸不動産の遺産分割が長期化すると、家賃についても相続人ごとの計算や確定申告が必要になるため、相続開始後の収支をきちんと記録しておくことが非常に重要です。
注意点4 誰が賃貸不動産を取得するかは慎重に決める
賃貸不動産を相続人2人、3人で共有名義にしてしまえば、とりあえず公平に見えるかもしれません。
しかし、賃貸不動産は相続後も継続的な管理が必要です。
設備が壊れれば修理をする必要がありますし、空室が出れば新しい入居者を募集する必要があります。将来、建物を大規模修繕する、建て替える、売却するといった判断が必要になることもあります。
共有者の意見が一致している間は問題がなくても、年月が経過するにつれて状況が変わる可能性があります。
さらに共有者の一人が死亡すれば、その人の持分についてさらに相続が発生し、共有者が増えていくこともあります。
そのため、収益不動産については「法定相続分だから2分の1ずつ」と機械的に共有にするのではなく、誰が今後の賃貸経営を行うのかまで考えて遺産分割をすることが大切です。
一人が賃貸不動産を取得し、他の相続人には預貯金など別の財産を取得させたり、取得者から代償金を支払う「代償分割」を検討したりする方法もあります。
もっとも、賃貸不動産は自宅とは異なり、単純な土地・建物の価格だけでなく、賃料収入、空室率、修繕の必要性、借入金などによって実質的な価値が大きく変わるため、評価方法について相続人間で認識を合わせておく必要があります。
注意点5 相続登記を忘れない
賃貸不動産についても、当然ながら相続登記が必要です。
2024年4月1日から相続登記が義務化されており、不動産を相続によって取得したことを知った相続人は、原則としてその事実を知った日から3年以内に相続登記を申請しなければなりません。
遺産分割によって不動産を取得した場合には、遺産分割の日から3年以内に、その内容を反映した登記を行う義務もあります。
正当な理由なく義務に違反すると、10万円以下の過料の対象となる可能性があります。
さらに注意したいのが、2024年4月1日以前に発生した相続です。
過去に親や祖父母が亡くなっているものの、賃貸物件の登記名義をそのままにしているケースも義務化の対象です。2024年4月1日以前から相続したことを知っていた不動産については、2027年3月31日までに対応する必要があります。
賃貸不動産の場合、管理や将来の売却、融資、建物の建て替えなどの面からも、登記名義を亡くなった方のまま長期間放置することはおすすめできません。
注意点6 敷金・ローン・修繕費など「負担」も確認する
賃貸不動産を相続するときは、家賃収入だけを見るのではなく、負担する可能性のある債務も確認しましょう。
代表的なのが敷金・保証金です。
入居者から預かっている敷金は、一定の場合には退去時に返還しなければならないお金です。
したがって、預金残高だけを見て「これだけ現金が残っている」と判断するのではなく、その一部が将来返還すべき敷金である可能性があります。
また、賃貸マンションやアパートを建築した際の金融機関からの借入金が残っているケースもあります。
ここで注意したいのは、「不動産を長男が相続することにしたから、銀行ローンも当然に長男だけが引き継ぐ」とは限らないことです。
相続人間の遺産分割協議だけで、金融機関に対する債務者を自由に変更できるわけではありません。
法定とは異なる割合で債務を引き受けるには、金融機関の承諾を得る必要があります。
抵当権が設定されている場合には、登記事項証明書を取得して担保の内容も確認しておきましょう。
加えて、築年数の古い賃貸物件では、屋根・外壁、防水、給排水設備、給湯器、エアコンなどに今後大きな修繕費がかかる可能性があります。
「毎月20万円家賃が入るから価値の高い財産」と思って相続したところ、数年後に数百万円単位の修繕が必要になったということもあります。
相続財産の調査では、「資産」だけでなく「これから発生する可能性の高い支出」まで確認することが重要です。
注意点7 準確定申告・不動産所得・相続税にも注意する
被相続人が賃貸不動産を所有していた場合、税務上の手続も通常の自宅相続より複雑になりやすいところです。
まず、被相続人について確定申告が必要なケースでは、原則として1月1日から死亡日までの所得を計算し、相続人が「準確定申告」を行います。準確定申告の期限は、原則として相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内です。
次に、死亡後の賃貸不動産から発生する不動産所得については、遺産分割が成立するまでは、原則として各共同相続人が相続分に応じて申告します。
例えば、兄が管理会社との窓口になり家賃を一括して受け取っていても、それだけで兄一人の不動産所得になるわけではないため注意が必要です。
そして、相続税の申告が必要な場合には、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に申告・納税を行います。遺産分割が成立していないからといって相続税の申告期限が延長されるわけではありません。
賃貸不動産がある相続では、司法書士だけですべての税務判断を行うのではなく、必要に応じて税理士と連携しながら進めることが重要です。
賃貸不動産を相続したときの手続きの流れ
実際の相続では、最初から「この不動産は長男が取得する」と決めつけるのではなく、まず全体像を把握することが大切です。
最初に戸籍を収集して相続人を確定し、遺言書の有無を確認します。
そのうえで、賃貸不動産の登記事項証明書、固定資産税関係資料、賃貸借契約書、管理会社との契約書、家賃入金記録、敷金・保証金、借入金、抵当権などを調査します。
次に、相続開始後の家賃を誰が管理するのかを相続人間で整理し、収入と支出を記録します。
その後、賃貸不動産の評価や収益状況を踏まえて遺産分割協議を行い、取得者が決まれば遺産分割協議書を作成して相続登記を申請します。
相続登記が終わった後は、管理会社、入居者、保証会社、金融機関などについて、必要に応じて所有者変更等の手続きを進めていくことになります。
「家賃が入る不動産だから、とりあえず相続」は危険
賃貸不動産は収益を生むため、預貯金や自宅不動産より魅力的な相続財産に見えることがあります。
しかし、家賃収入がある一方で、空室、滞納、敷金返還、修繕、固定資産税、管理費、借入金などの負担もあります。
特に収益物件では、「不動産の時価がいくらか」だけではなく、「実際に年間いくら残るのか」を確認する視点が重要です。
年間家賃収入が300万円あっても、管理費、固定資産税、修繕費、ローン返済などを差し引けば、手元にほとんど残らないケースもあります。
場合によっては、相続放棄を含めて検討しなければならないこともありますので、多額の借入金や老朽化した収益物件がある場合には、早い段階で専門家に相談することをおすすめします。
賃貸不動産の相続では「遺産分割前の家賃」がトラブルになりやすい
実務上、意外に揉めやすいのが不動産そのものよりも、相続開始後にたまった家賃です。
「自分が管理会社と連絡を取った」「自分が修理の手配をした」「自分の口座で家賃を受け取ってきた」といった事情から、管理を担当した相続人が家賃についても自分のものだと考えてしまうケースがあります。
しかし、前述したとおり、遺産分割前に発生した賃料債権については最高裁判例があり、原則として相続分に応じて共同相続人に帰属します。
そのため、賃貸不動産の相続では、家賃収入を管理する専用の記録を作り、管理費、修繕費、税金などの支出についても領収書や明細を保存しておくことが非常に大切です。
不動産の遺産分割だけを決めて安心するのではなく、「相続開始日から遺産分割成立日までの家賃と経費をどう整理するか」まで話し合っておくと、後のトラブルを大幅に減らすことができます。
まとめ
賃貸不動産を相続した場合には、単に相続登記をするだけでは手続きは終わりません。
賃貸借契約、入居者、管理会社、家賃収入、敷金・保証金、修繕、借入金、抵当権、確定申告、相続税など、通常の不動産相続より確認すべき事項が多くあります。
なかでも重要なのが、遺産分割前に発生する家賃の扱いです。最終的に一人の相続人が賃貸不動産を取得することになったとしても、それ以前に発生した家賃まで当然にその人だけのものになるわけではありません。
また、収益不動産を安易に共有名義にすると、将来の修繕、賃貸経営、売却や次の相続で問題が複雑になる可能性があります。
賃貸不動産の相続では、「誰の名義にするか」だけではなく、「今後誰が賃貸経営を続けるのか」「家賃や敷金をどのように管理するのか」「借入金や修繕費をどう考えるのか」まで含めて遺産分割を検討することが大切です。
相続人が複数いる場合や、複数の収益物件がある場合、家賃収入が高額な場合、ローンや抵当権が残っている場合などは、司法書士・税理士などの専門家と連携して早めに整理することをおすすめします。
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