相続手続きを進めていると、戸籍謄本や住民票とともに頻繁に登場する書類が「印鑑証明書」です。
遺産分割協議書を作成するとき、不動産の相続登記をするとき、銀行預金を解約するときなど、さまざまな場面で印鑑証明書の提出を求められます。
ところが、実際の相続手続きでは、
「7か月前に取得した印鑑証明書はもう使えないと言われた」
「法務局では使えるのに銀行では古いと言われた」
「遺産分割協議書に押した印鑑と印鑑証明書の印影が違っていた」
「相続人が海外に住んでいて印鑑証明書を取得できない」
といったトラブルが多くあります。
特に注意したいのが、印鑑証明書の取扱いは「相続登記」と「銀行などの相続手続き」で同じとは限らないことです。
この記事では、相続手続きでよく起こる印鑑証明書に関する7つのトラブルについて、司法書士の実務の視点からわかりやすく解説します。
- そもそも相続手続きで印鑑証明書はなぜ必要?
- トラブル1 「印鑑証明書は3か月以内」と思い込んでいる
- トラブル2 法務局では使えるのに銀行では「古い」と言われる
- トラブル3 遺産分割協議書の印鑑と印鑑証明書の印影が違う
- トラブル4 印鑑証明書の住所・氏名が他の書類と合わない
- トラブル5 相続人が実印登録をしていない・印鑑登録証をなくした
- トラブル6 海外に住んでいる相続人が印鑑証明書を取得できない
- トラブル7 印鑑証明書を何通取ればいいのか分からない
- 「相続人全員の印鑑証明書」が必ず必要とは限らない
- 認知症の相続人がいる場合は「印鑑証明書が取れれば大丈夫」ではない
- 印鑑証明書トラブルを防ぐためのチェックポイント
- 相続登記は2024年4月1日から義務化されています
- まとめ|印鑑証明書は「登記・銀行でルールが違う」ことを知っておく
- 参考リンク
そもそも相続手続きで印鑑証明書はなぜ必要?
印鑑証明書とは、市区町村に登録された印鑑、いわゆる「実印」の印影が登録されたものと一致していることを公的に証明する書類です。
相続では、遺産分割協議書に記載された内容が相続人本人の意思によるものであることを確認するため、相続人が実印を押し、その印鑑証明書を添付します。
たとえば、遺言書がなく、相続人同士の話し合いによって「自宅は長男が相続する」「預金は長女が相続する」といった遺産分割を行う場合には、遺産分割協議書を作成します。
不動産について遺産分割協議による相続登記を申請する場合、法務局の案内では、遺産分割協議書に相続人全員が印鑑証明書と同じ印、つまり実印を押印することとされています。
ここで重要なのは、「相続手続きなら、どの手続きでも同じ印鑑証明書のルールが適用されるわけではない」という点です。
トラブル1 「印鑑証明書は3か月以内」と思い込んでいる
相続相談で非常によくあるのが、「印鑑証明書は3か月以内のものでないと使えませんよね?」という質問です。
結論からいうと、少なくとも遺産分割協議に基づく相続登記に添付する印鑑証明書については、「発行後3か月以内でなければならない」という制限はありません。
法務局の相続登記の案内でも、遺産分割協議書に添付する印鑑証明書について「作成後3か月以内のものといった制約はありません」と明記されています。
たとえば、遺産分割協議書を作成したのが10年前で、その際に取得した印鑑証明書を保管していた場合でも、それだけを理由に相続登記に使用できなくなるわけではありません。
売買の場合、義務者(売主)の印鑑証明書は発行後3か月以内という制約があるため、勘違いをされる方がいらっしゃいますが、遺産分割協議書に添付する印鑑証明書に期限の制限はありません。
トラブル2 法務局では使えるのに銀行では「古い」と言われる
相続登記では印鑑証明書に上記のような期限がない一方、銀行、証券会社、保険会社などでは、それぞれ独自に印鑑証明書の発行期限を定めていることがあります。
これが相続手続きをややこしくする大きな原因の一つです。
たとえば京都銀行は、相続手続きで提出する相続人の印鑑証明書について、原則として「発行日から6か月以内」としています。さらに、亡くなった方の取引に融資が含まれ、相続人が債務引受手続きをする場合には「発行日から3か月以内」としています。
つまり、「相続登記には使えた印鑑証明書が銀行では使えない」ということは十分起こり得ます。
金融機関ごとに条件は異なるため、「以前取得したものがあるから大丈夫」と考えるのではなく、提出前に各金融機関へ確認することが大切です。
特に銀行口座が複数ある場合には注意しましょう。
A銀行は6か月以内、B銀行では別の条件、証券会社ではさらに別の条件ということもあります。手続きを始める前に必要通数と発行期限を確認しておけば、何度も役所へ印鑑証明書を取りに行く手間を減らせます。
トラブル3 遺産分割協議書の印鑑と印鑑証明書の印影が違う
意外に多いのが、「実印だと思って押した印鑑が、実は登録している印鑑ではなかった」というケースです。
家に似た印鑑が複数ある場合などに起こります。
たとえば、
・遺産分割協議書にはAという印鑑を押した
・印鑑証明書に登録されているのはBという印鑑だった
という状態です。
この場合、遺産分割協議書に押された印影と印鑑証明書の印影が一致しないため、そのままでは手続きを進めることができません。改めて相続人から実印を押してもらわなければなりません。
相続人が近くに住んでいればまだよいのですが、北海道、九州、海外など遠方に住んでいる相続人がいる場合には、書類を再度郵送するだけでも相当な時間がかかります。
相続人が多数いる案件ではさらに大変です。
遺産分割協議書を完成させる前に、「この印鑑が現在登録している実印で間違いないか」を確認してもらうことをおすすめします。
トラブル4 印鑑証明書の住所・氏名が他の書類と合わない
相続手続きの途中で相続人が引っ越しをしたり、結婚・離婚などにより氏が変わったりすると、書類上の住所や氏名が一致しないことがあります。
たとえば、
「遺産分割協議書を作った後に引っ越した」
「印鑑証明書を取得してから住所を変更した」
「遺産分割協議書には旧姓で署名しているが、現在は氏が変わっている」
といったケースです。
書類の記載が違うからといって、直ちに遺産分割協議そのものが無効になるわけではありません。
しかし、提出先から見れば、「遺産分割協議書に署名した人」と「現在手続きをしている人」が本当に同一人物なのか確認する必要があります。
そのため、住民票、戸籍、戸籍の附票など、住所や氏名の変更のつながりを確認できる追加資料を求められることがあります。
また、銀行などでは新しい印鑑証明書の取得を求められることも考えられます。
相続手続きが長期化している場合は、書類を提出する直前に住所や氏名の変更がないかを確認しておくと安全です。
トラブル5 相続人が実印登録をしていない・印鑑登録証をなくした
遺産分割協議書を作ろうとしたところ、
「実印を持っていない」
「どの印鑑を実印として登録したのか分からない」
「印鑑登録証のカードをなくした」
ということもあります。
そもそも「実印」という特別な種類の印鑑が売られているわけではありません。原則として、市区町村に印鑑登録した印鑑が、その人の実印となります。
印鑑登録をしていない場合には、住所地の市区町村で印鑑登録の手続きを行う必要があります。
京都市の場合、15歳以上で京都市に住民登録をしている方が印鑑登録の対象とされており、本人確認方法など一定の要件を満たせば印鑑登録証の交付を受けることができます。
また、京都市で窓口から印鑑登録証明書を取得する場合には、原則として印鑑登録証(カード)が必要です。代理人が取得する場合も、印鑑登録証を預かって申請する仕組みとなっています。
一方、マイナンバーカードを利用したコンビニ交付に対応している自治体では、コンビニで印鑑登録証明書を取得できる場合があります。京都市でも、印鑑登録をしている本人について印鑑登録証明書のコンビニ交付が行われています。
相続手続きを急いでいるときに印鑑登録から始めることになると予定以上に時間がかかることがありますので、早めの確認が重要です。
トラブル6 海外に住んでいる相続人が印鑑証明書を取得できない
現在では、子どもが海外へ移住しているなど、相続人の一人が外国に住んでいるケースも珍しくありません。
日本に住民登録をしていない海外在住の日本人は、日本国内の市区町村で印鑑証明書を取得することができません。
では、遺産分割協議ができないのか?というと、そうではありません。
海外在住の日本人については、印鑑証明書に代えて、在外公館が発給する「署名証明」を利用することになります。
外務省によれば、署名証明は、日本に住民登録をしていない海外在住者に対して、日本の印鑑証明に代わるものとして発給される証明です。
不動産登記をはじめ、日本国内のさまざまな手続きで利用されています。
法務局の相続登記Q&Aでも、外国に居住する共同相続人について、所在地の日本領事館等が発給した署名証明書などを印鑑証明書の代わりとして利用する方法が案内されています。
ただし、提出先や居住国、国籍、作成する書類によって必要な証明方法が異なることがあります。
海外在住の相続人がいる案件では、先に遺産分割協議書だけを送ってしまうのではなく、署名証明の形式を含めて法務局や専門家に確認してから進める方が安全です。
トラブル7 印鑑証明書を何通取ればいいのか分からない
相続人からよく聞かれるのが、「印鑑証明書は何通取ればよいですか?」
という質問です。
これは一律には答えられません。
なぜなら、相続財産の内容によって提出先が異なるからです。
たとえば、
・法務局で不動産の相続登記
・A銀行の預金解約
・B銀行の預金解約
・証券会社の口座移管
・生命保険会社の手続き
などを行う場合、それぞれの提出先から印鑑証明書を求められる可能性があります。
もっとも、原本を提出したら必ず戻ってこないというわけではありません。
法務局では、一定の方法により原本還付の手続きを行えば、遺産分割協議書や印鑑証明書の原本を返却してもらうことができます。
東京法務局のQ&Aでも、遺産分割協議書と印鑑証明書について、原本と写しを提出して原本還付請求をすれば返却を受けられる旨が案内されています。
銀行についても、原本確認後に返却する金融機関がありますが、手続方法は金融機関によって異なります。
そのため、最初から大量に印鑑証明書を取得するより、
「どこに何を提出するのか」
「原本を返してもらえるのか」
「何か月以内の証明書が必要なのか」
を一覧にしてから取得する方が効率的です。
「相続人全員の印鑑証明書」が必ず必要とは限らない
ここも誤解されやすいところです。
「相続だから必ず相続人全員の実印と印鑑証明書が必要」というわけではありません。
たとえば、不動産の相続方法が遺産分割協議ではなく、遺言によって決まっている場合や、法定相続分による登記を行う場合など、手続きの内容によって必要書類は変わります。
また、遺産分割協議に基づく相続登記であっても、登記申請人となる相続人本人の印鑑証明書については、登記申請の添付書類として必要とされない取扱いがあります。
一方、銀行手続きでは、銀行所定の相続手続依頼書に相続人全員の実印を求め、その全員分の印鑑証明書を求めるのが一般的です。
「法務局で不要だったから銀行でも不要だろう」と判断するのは危険です。
手続きごとに必要書類を分けて考えることが大切です。
認知症の相続人がいる場合は「印鑑証明書が取れれば大丈夫」ではない
もう一つ重要なのが、相続人の判断能力の問題です。
相続人の中に認知症の方がいる場合、「実印と印鑑証明書があるので、家族が代わりに遺産分割協議書へ押してもよいですか?」と相談されることがあります。
しかし、印鑑証明書があることと、本人が有効に遺産分割協議を行えることは別問題です。
遺産分割協議は相続人本人の意思に基づいて行われる必要があります。
本人に遺産分割の内容を理解し判断する能力がない場合、家族が本人の実印を使って勝手に遺産分割協議書を作成することはできません。
ケースによっては成年後見制度などの検討が必要になります。
印鑑証明書は「登録された印鑑の印影を証明する書類」であって、本人の判断能力や遺産分割への同意そのものを証明する書類ではない点に注意してください。
印鑑証明書トラブルを防ぐためのチェックポイント
相続手続きを始めるときには、次の点を確認しておくとスムーズです。
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遺産分割協議書に押した印鑑が本当に実印か確認する
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印鑑証明書の氏名・住所を確認する
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相続人が引っ越しや氏名変更をしていないか確認する
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金融機関ごとの印鑑証明書の有効期限を確認する
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必要通数と原本還付の可否を確認する
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海外在住者がいる場合は署名証明の方法を事前に確認する
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相続人に認知症など判断能力の問題がある場合は、書類作成前に専門家へ相談する
特に重要なのは、「とりあえず全員から印鑑証明書を集めてから考える」のではなく、先に相続手続き全体を整理することです。
相続登記は2024年4月1日から義務化されています
不動産が相続財産に含まれている場合には、印鑑証明書の準備だけでなく、相続登記の期限にも注意する必要があります。
2024年4月1日から相続登記の申請が義務化され、不動産を相続によって取得したことを知った日から原則3年以内に相続登記を申請しなければならなくなりました。遺産分割によって不動産を取得した場合についても、遺産分割成立の日から3年以内の申請義務があります。正当な理由なく義務に違反した場合には、10万円以下の過料の対象となる可能性があります。
また、2024年4月1日より前に発生した相続についても、相続登記が済んでいなければ義務化の対象となります。
「印鑑証明書がそろわない」「遠方の相続人から書類が返ってこない」と手続きが長期化しているうちに、相続登記の期限が近づいてしまうことも考えられます。
遺産分割がまとまらない場合には、相続人申告登記など別の制度を検討できる場合もありますので、期限が迫っているときは早めに司法書士へ相談することをおすすめします。
まとめ|印鑑証明書は「登記・銀行でルールが違う」ことを知っておく
相続手続きでは印鑑証明書を使用する機会が多いため、単純な書類と思われがちです。
しかし実際には、
「相続登記では3か月以内という期限はない」
「銀行では6か月以内など独自の期限を定めていることがある」
「実印と印鑑証明書の印影が違えば手続きが止まる」
「住所や氏名が変わっていると追加資料が必要になることがある」
「海外在住者では署名証明を利用することがある」
など、注意すべき点が少なくありません。
特に相続人が多数いる場合や遠方・海外に住んでいる相続人がいる場合、いったん作成した遺産分割協議書を作り直すことになると、大きな負担になります。
遺産分割協議書を作成する段階で、不動産、預貯金、証券など、その後に行う相続手続きまで見通して必要書類を整理しておくことが重要です。
「どの印鑑証明書が必要なのか分からない」「古い印鑑証明書が使えるのか不安」「相続人が海外にいる」「遺産分割協議書の作り方が分からない」といった場合には、書類を集め直す前に司法書士へ相談することで、手続きを効率よく進められる場合があります。
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参考リンク
政府広報オンライン:知っておきたい相続の基本。大切な財産をスムーズに引き継ぐには?
京都銀行:相続手続きの印鑑証明書はいつ発行したものが必要ですか


