「うちは財産が多いわけではないから、遺言書までは必要ないと思う」
「家族仲は悪くないので、相続でもめることはないはず」
「遺言書を書くなんて、まだ早い気がする」

遺言書についてご相談を受けていると、このようにお考えの方は少なくありません。
たしかに、遺言書という言葉には、少し重たい印象があります。亡くなった後のことを考えるのは気が進まないものですし、自分にはまだ関係ないと感じる方も多いでしょう。

しかし、遺言書は財産が多い人だけのものではありません。
むしろ、財産の多い少ないにかかわらず、残されたご家族が迷わず手続きを進めるための大切な道しるべになります。

相続の場面では、不動産、預貯金、相続人の関係、家族の事情などが複雑に絡み合います。生前は仲が良かったご家族でも、相続手続きが始まると「誰が何を取得するのか」「実家をどうするのか」「手続きを誰が進めるのか」といった問題で意見が分かれることがあります。

この記事では、京都で相続・遺言・生前対策のご相談を受けている司法書士の視点から、遺言書が本当に必要なのか、どのようなメリットがあるのか、どのような方が特に作成を検討すべきなのかをわかりやすく解説します。

1. 遺言書は「家族への最後のメッセージ」であり、相続手続きを助ける書類です

遺言書というと、「財産を誰に渡すかを決める書類」というイメージが強いかもしれません。
もちろん、それは遺言書の大きな役割のひとつです。

しかし、遺言書の役割はそれだけではありません。
遺言書は、残されたご家族に対して、次のようなことを伝えるための書類でもあります。

「なぜ、このように財産を分けたいのか」
「誰に実家を引き継いでほしいのか」
「お世話になった人に感謝の気持ちを形として残したい」
「残された家族に、できるだけ負担をかけたくない」

相続が発生した後、ご家族は葬儀、役所の手続き、年金や保険の手続き、預貯金の解約、不動産の名義変更など、多くの手続きに追われます。
そのような中で、遺言書があると、故人の意思が明確になり、相続手続きを進めるうえで大きな助けになります。

反対に、遺言書がない場合、相続人全員で遺産分割協議を行い、誰がどの財産を取得するかを話し合う必要があります。
相続人全員の合意が必要になるため、1人でも意見がまとまらないと、不動産の名義変更や預貯金の解約の手続きが進みません。

2. 遺言書があると、相続手続きが進めやすくなる

遺言書を作成する大きなメリットのひとつは、相続手続きが進めやすくなることです。

たとえば、亡くなった方名義の不動産がある場合、相続登記、つまり不動産の名義変更が必要になります。令和6年4月1日からは相続登記の申請が義務化され、相続によって不動産を取得したことを知った日から原則3年以内に申請する必要があります。

遺言書がない場合、不動産を誰が取得するのかについて、相続人全員で遺産分割協議を行うことになります。協議がまとまればよいのですが、相続人が遠方に住んでいる、連絡が取りにくい、認知症などで判断能力に不安がある、相続人同士の関係が良くないといった事情があると、話し合いが進まないことがあります。

一方で、遺言書に「自宅不動産は長男に相続させる」「預貯金は妻に相続させる」などの内容が明確に記載されていれば、遺産分割協議をしなくても、その内容に沿って手続きを進めることができます。

3. 遺言書は、相続人同士のトラブルを防ぐためにも役立ちます

相続トラブルというと、「多額の財産をめぐる争い」を想像されるかもしれません。
しかし実際には、財産の額がそれほど大きくなくても、相続人同士の意見が合わず、問題が長引くことがあります。

特にトラブルになりやすいのは、財産の大部分が不動産であるケースです。

たとえば、主な財産が京都市内の自宅不動産と少しの預貯金だけ、というケースを考えてみます。
自宅に住み続けたい相続人がいる一方で、他の相続人は「不動産を売却してお金で分けたい」と考えるかもしれません。
また、長年親の介護をしてきた相続人が「自分が多く取得したい」と考える一方で、他の相続人は「法定相続分どおりに分けたい」と主張することもあります。

このような場合、生前に遺言書で方針を示しておくことで、相続人同士の話し合いの負担を軽くすることができます。

遺言書があれば、必ず争いがなくなるわけではありません。
しかし、「本人がどのように考えていたのか」が書面で残っていることは、残されたご家族にとって大きな判断材料になります。

4. 子どもがいないご夫婦は、特に遺言書を検討すべきです

遺言書の必要性が高い代表的なケースが、子どもがいないご夫婦です。

「夫婦だけだから、夫が亡くなったら当然すべて妻が相続するのでは?」
このように思われる方も多いのですが、必ずしもそうではありません。

子どもがいない場合、亡くなった方の親がご存命であれば、配偶者と親が相続人になります。
親がすでに亡くなっている場合でも、亡くなった方に兄弟姉妹がいれば、配偶者と兄弟姉妹が相続人になります。
兄弟姉妹がすでに亡くなっている場合には、その子、つまり甥や姪が相続人になります。
この場合、配偶者が自宅や預貯金を引き継ぎたいと思っても、兄弟姉妹や甥姪との間で遺産分割協議が必要となります。
普段から交流が少ない親族と相続の話し合いをすることは、残された配偶者にとって大きな負担になります。

そこで、たとえば「全財産を妻に相続させる」「全財産を夫に相続させる」といった内容の遺言書を作成しておくことで、配偶者の生活を守りやすくなります。
なお、兄弟姉妹には遺留分がありません。
そのため、子どもがいないご夫婦で、相続人が配偶者と兄弟姉妹になる可能性がある場合には、遺言書の効果が特に大きいといえます。

5. 再婚している方、前婚の子がいる方も注意が必要です

再婚している方、前婚の子がいる方も、遺言書を検討した方がよいケースです。

たとえば、再婚後の配偶者と、前婚の子が相続人になる場合、相続人同士が普段から親しく交流しているとは限りません。
相続が発生してから初めて連絡を取り合うということもあります。

このようなケースでは、遺産分割協議を進めること自体が心理的な負担になる場合があります。
また、「現在の配偶者の生活を守りたい」「前婚の子にもきちんと財産を残したい」といった思いがあっても、遺言書がなければ、その思いが正確に伝わらないことがあります。

遺言書を作成しておけば、現在の配偶者、前婚の子、それぞれに対してどのように財産を引き継がせたいのかを明確にできます。
感情的な対立を完全に防げるわけではありませんが、少なくとも「何も決めていなかったために、相続人全員で一から話し合わなければならない」という状況を避けやすくなります。

6. 内縁のパートナー、お世話になった人、団体に財産を残したい場合

遺言書がない場合、財産を引き継ぐのは原則として法定相続人です。
そのため、内縁のパートナー、長年お世話になった友人、介護をしてくれた親族、特定の団体などに財産を残したい場合には、遺言書の作成が重要になります。

たとえば、婚姻届を出していない内縁のパートナーは、法律上の配偶者ではないため、法定相続人にはなりません。
長年一緒に生活していたとしても、遺言書がなければ、財産を当然に相続できるわけではありません。

また、子の配偶者、たとえば長男の妻が長年介護をしてくれた場合でも、その方は通常、法定相続人ではありません。
感謝の気持ちとして財産を渡したい場合には、遺言書で「遺贈する」などの形を検討する必要があります。

「法律上の相続人ではないけれど、この人に財産を残したい」
このようなお気持ちがある方にとって、遺言書はとても重要な手段です。

7. 遺言書には主に「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」があります

一般的に利用される遺言書としては、主に自筆証書遺言と公正証書遺言があります。

自筆証書遺言は、遺言者本人が自分で作成する遺言書です。費用を抑えやすく、思い立ったときに作成しやすいというメリットがあります。
ただし、法律で定められた方式を守らないと、せっかく作成しても無効になるおそれがあります。
本文、日付、氏名などの書き方、押印、訂正方法などには注意が必要です。

また、自宅で保管している自筆証書遺言は、相続開始後に家庭裁判所で検認が必要となります。検認は、遺言書の存在や状態を確認し、偽造・変造を防ぐための手続きであり、遺言の有効・無効を判断する手続きではありません。

一方、法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用して保管されている遺言書については、家庭裁判所の検認が不要とされています。
自筆証書遺言を作成したい方にとっては、紛失や改ざんのリスクを防げるため、法務局の自筆証書遺言書保管制度はとても有益です。

公正証書遺言は、公証役場で公証人が関与して作成する遺言書です。
公証人が作成に関与するため、方式不備によって無効になるリスクを抑えやすく、原本が公証役場に保管されるため、紛失や改ざんの心配もない方法です。
また、公正証書遺言は家庭裁判所の検認が不要です。

費用や手間はかかりますが、確実性を重視したい方、相続人間のトラブルをできるだけ防ぎたい方、内容が複雑な方には、公正証書遺言が向いています。

8. 遺言書を作成するときは「遺留分」にも配慮が必要です

遺言書を作成すると、自分の財産を自由に誰へ引き継がせるか決められる範囲が広がります。
しかし、完全に自由というわけではありません。

一定の相続人には、最低限の取り分として「遺留分」が認められています。
たとえば、配偶者や子どもがいる場合に、特定の1人にすべての財産を相続させる内容の遺言書を作成すると、他の相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。

もちろん、事情によっては特定の相続人に多く財産を残したいケースもあります。
ただ、その場合でも、遺留分に配慮した内容にする、生命保険や生前贈与とのバランスを考える、付言事項で理由を伝えるなど、事前に検討しておくことが大切です。

「争いを防ぐために遺言書を作ったのに、かえって争いの原因になってしまった」
そのようなことを避けるためにも、遺言書は形式だけでなく、内容のバランスが重要です。

9. 付言事項で「想い」を伝えることもできます

遺言書には、財産の分け方だけでなく、家族への想いを記載することもできます。
このような部分を「付言事項」といいます。

付言事項には、法的な効力そのものはありません。
しかし、なぜそのような財産の分け方にしたのか、家族にどのような気持ちを伝えたいのかを書くことで、残された方が遺言内容を受け止めやすくなる場合があります。

たとえば、次のような内容です。

「長年私の介護をしてくれた長女に、自宅を相続させたいと思います」
「長男には生前に住宅資金を援助しているため、今回は次男に多く残すことにしました」
「兄弟姉妹で争うことなく、お互いを大切にしてほしいと願っています」

相続では、財産の額だけでなく、「なぜそのように決めたのか」が重要になることがあります。
遺言書は、単なる手続き書類ではなく、ご家族への最後のメッセージでもあります。

10. 遺言書を作成した方がよい人の具体例

次のような方は、遺言書の作成を特に検討することをおすすめします。

・子どもがいないご夫婦
・再婚している方、前婚の子がいる方
・相続人同士の関係に不安がある方
・主な財産が自宅不動産である方
・不動産を特定の相続人に引き継がせたい方
・事業用不動産や賃貸物件を所有している方
・内縁のパートナーに財産を残したい方
・子の配偶者や親族以外の人に財産を渡したい方
・障がいのある子や生活に不安のある家族がいる方
・相続人の中に遠方在住、海外在住、連絡が取りにくい人がいる方
・相続登記や預貯金の解約で家族に負担をかけたくない方

「自分の家族は大丈夫」と思っていても、相続が発生した後には、ご本人が間に入って説明することはできません。
だからこそ、生前に意思を形にしておくことが大切です。

11. 司法書士に相談するメリット

遺言書は、ご自身で作成することもできます。
しかし、相続財産に不動産が含まれる場合や、相続人関係が複雑な場合には、専門家に相談することで、後日の手続きまで見据えた内容にしやすくなります。

司法書士は、不動産登記や相続登記に関わる専門職です。
そのため、遺言書の内容が将来の相続登記で使いやすい記載になっているか、不動産の表示が正確か、相続させる相手や割合に不明確な点がないかといった点を確認しながら、遺言書作成をサポートできます。

また、必要に応じて、戸籍収集、相続人関係の確認、不動産の登記事項証明書の確認、公正証書遺言作成のための準備、公証役場との打合せ支援なども行うことができます。

遺言書は、作成して終わりではありません。
将来、実際に相続手続きで使える内容になっているかどうかが大切です。

12. 遺言書は「不安をあおるもの」ではなく「安心を残すもの」です

遺言書というと、どうしても「死後の準備」という印象が強く、気持ちが前向きになりにくいかもしれません。
しかし、遺言書は決して不安をあおるものではありません。

むしろ、残されたご家族が困らないようにするための、思いやりのある準備です。

相続が発生すると、ご家族は悲しみの中で多くの手続きを進めなければなりません。
そのときに、遺言書があることで、本人はこう考えていたのだと確認でき、手続きを進める方向性が見えやすくなります。

遺言書は、ご本人にとっても、ご家族にとっても、安心をもたらす書類です。

「まだ早い」と思っている今こそ、落ち着いて考えることができます。
判断能力が低下してからでは、遺言書の作成が難しくなります。
元気なうちに、冷静に、家族の将来を見据えて準備しておくことが大切です。

まとめ

遺言書は、財産が多い方だけに必要なものではありません。
子どもがいないご夫婦、再婚している方、不動産を所有している方、相続人同士の関係に不安がある方、特定の人に財産を残したい方にとって、遺言書は非常に重要な生前対策です。

遺言書を作成することで、相続手続きが進めやすくなり、相続人同士のトラブルを防ぎやすくなります。
また、ご自身の想いを家族に伝えることもできます。

「遺言書は本当に必要なのか」と迷っている方こそ、一度、ご自身の家族関係や財産の内容を整理してみることをおすすめします。
遺言書は、残されたご家族への最後の思いやりであり、安心を残すための大切な準備です。

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参考リンク

法務省:自筆証書遺言書保管制度について
政府広報オンライン:知っておきたい遺言書のこと。無効にならないための書き方
裁判所:遺言書の検認
法務省:相続登記の申請義務化特設ページ
日本公証人連合会:遺言
e-Gov法令検索:民法