亡くなった後、自宅を福祉団体に役立ててほしい
保有している株式を大学や公益団体へ寄付したい
絵画や骨董品を美術館に残したい
など、自分の遺産を公益のために役立てたいと考える方が増えています。

遺言によって財産を無償で譲ることを「遺贈」といい、公益法人、学校法人、社会福祉法人、認定NPO法人などへ遺贈することは、一般に「遺贈寄付」と呼ばれます。
現金や預貯金を遺贈する方法だけでなく、不動産、株式、投資信託、貴金属、美術品、著作権などをそのまま遺贈する「現物遺贈」も考えられます。

もっとも、金銭以外の財産には、管理費用、換価の難しさ、価格変動、権利関係、税金などの問題があります。
善意で遺言を作っても、寄付先が受け取れない、相続人に多額の税負担が生じる、財産を処分できないといった事態になれば、遺言者の希望を実現できません。

この記事では、遺言で金銭以外の財産を寄付する際に確認すべきポイントを、司法書士の実務的な視点から解説します。

遺言による「現物遺贈」とは

現物遺贈とは、不動産や有価証券などを売却して現金に換えず、その財産自体を受遺者へ取得させる遺贈です。
例えば、次のような内容が考えられます。

  • 京都市内の土地と建物を社会福祉法人へ遺贈する
  • 上場株式や投資信託を公益財団法人へ遺贈する
  • 非上場会社の株式を研究機関へ遺贈する
  • 絵画、骨董品、仏像、貴金属を博物館や公益団体へ遺贈する
  • 著作権や特許権、その使用料を公益法人へ遺贈する

一方、遺言執行者が不動産や株式を売却し、諸費用や税金などを差し引いた残額を寄付する方法もあります。
これは一般に「清算型遺贈」や「換価型の遺贈寄付」と呼ばれます。

現物のまま渡す方法と、換価して金銭で渡す方法のどちらが適しているかは、寄付先の受入方針、財産の性質、税金、相続人の状況によって異なります。

方法 主なメリット 主な注意点
現物遺贈 財産そのものを公益目的に活用してもらえる 寄付先が受け入れない可能性、名義変更、維持費、税務上の問題がある
換価して寄付 寄付先が利用しやすく、管理負担が少ない 売却までの管理、売却費用、譲渡所得税、売却できない場合への備えが必要

注意点1 寄付先が現物を受け入れているか事前に確認する

最も大切なのは、遺言書を作成する前に寄付先へ相談することです。
遺贈は遺言者が一方的に行う意思表示ですが、受遺者には遺贈を放棄する選択肢があります。遺言書に団体名を書けば必ず受け取ってもらえるわけではありません。

公益団体であっても、すべての財産を受け入れているとは限りません。
不動産については、老朽建物、共有持分、借地、農地、山林、境界未確定地、担保権付き物件、賃貸中の物件などを受入対象外としている団体があります。
株式についても、非上場株式、譲渡制限株式、投機性の高い商品、換金が難しい金融商品などを受け入れないことがあります。

また、団体名が似ていても、法人格や正式名称が異なることがあります。
遺言書には、寄付先の正式名称、主たる事務所、法人番号など、受遺者を特定できる情報を正確に記載する必要があります。
法人格のない任意団体への遺贈は、財産の帰属先や登記名義が問題になりやすいため、特に慎重な検討が必要です。

事前相談では、少なくとも次の事項を確認しておきましょう。

  • 現物での遺贈を受け入れているか
  • 受入れの審査や理事会決議が必要か
  • 売却して活動資金に充てることが認められるか
  • 用途を指定できるか、指定に制限があるか
  • 登記費用、測量費用、鑑定費用、税金を誰が負担するか
  • 事前に提出すべき資料や寄付申出書があるか
  • 担当部署、連絡先、協議内容を記録に残せるか

寄付先から「受入可能」と回答を得ても、相続開始までに方針や組織が変わる可能性があります。
定期的な確認と、受入れができない場合の予備的な遺言条項が重要です。

注意点2 現物遺贈か、売却して金銭を寄付するかを決める

遺言者が「この建物を施設として使ってほしい」と望んでいても、寄付先に改修費や維持費を負担する余力がなければ、現物での受入れは困難です。
反対に、歴史資料、研究資料、収益不動産などは、現物のまま取得することに意味があります。

現物利用に強い希望がなければ、遺言執行者が財産を売却し、必要経費を控除した残額を寄付する方法が実現しやすいことがあります。

ただし、「不動産を売却して、その代金を寄付する」とだけ書くのでは不十分です。
売却権限、価格決定の方法、仲介会社の選定、測量や解体の可否、租税公課と諸費用の控除、売却までの管理、売れない場合の処理まで検討する必要があります。

また、換価による譲渡所得が誰に帰属するか、取得費が不明な場合に税額がどうなるかなど、税務上の論点もあります。
清算型遺贈は、遺言文案と税務設計を一体として検討すべき方法です。

注意点3 財産を正確に特定し、変動にも備える

特定の財産を遺贈する場合、対象財産が分かるように記載します。
不動産なら登記事項証明書どおりに所在、地番、家屋番号などを確認し、株式なら発行会社名、銘柄、口座情報などを整理します。
美術品や貴金属なら作者、作品名、寸法、保管場所、鑑定書番号、写真などを財産目録で補う方法が考えられます。

もっとも、遺言作成後に財産が売却されたり、建物が建て替えられたり、株式が分割・合併されたりすることがあります。
指定した財産が死亡時に存在しない場合や、表示が現状と合わない場合に備え、代替財産、売却代金、保険金、残余財産の取扱いを定めておくことが大切です。

「全財産の2分の1を団体へ遺贈する」という包括遺贈は、一見簡単ですが、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するため、積極財産だけでなく債務を承継する可能性があります。

公益団体側が包括遺贈を受け入れないこともあるため、特定の財産または一定額の金銭を遺贈する方法と比較して検討しましょう。

注意点4 法人への現物遺贈には「みなし譲渡課税」が生じることがある

不動産や株式など、値上がり益が生じる資産を法人へ遺贈すると、実際には売却代金を受け取っていなくても、遺言者が死亡時の時価で譲渡したものとみなされ、譲渡所得税が課税されることがあります。
これを「みなし譲渡課税」といいます。

例えば、遺言者が低い価格で取得した土地が大きく値上がりしている場合、公益法人へ無償で遺贈したにもかかわらず、多額の譲渡所得が発生する可能性があります。
その税金は被相続人の準確定申告の問題となり、結果として相続人側に申告・納税の負担が生じることがあります。
寄付だから税金はかからないと決めつけるのは危険です。

国または地方公共団体への財産の遺贈については、一定の非課税措置があります。
一方、公益法人等への遺贈では、公益の増進に著しく寄与することなどの要件を満たし、国税庁長官の承認を受けた場合に、租税特別措置法第40条による譲渡所得等の非課税制度を利用できる可能性があります。

公益目的への使用、特別な利益を与えないことなどの要件があり、公益法人への遺贈であれば自動的に非課税になるわけではありません。

国税庁の2026年の案内では、承認申請は原則として寄付の日から4か月以内とされています。遺贈の場合の手続対象者は相続人や包括受遺者となるため、遺言作成時から寄付先、司法書士、税理士などが連携し、必要書類と期限を確認しておくことが重要です。

なお、相続人や受遺者がいったん相続財産を取得し、その後、相続税の申告期限までに一定の公益法人や認定NPO法人などへ寄付した場合に、その財産を相続税の課税対象としない特例があります。

これは、遺言者が法人へ直接行う現物遺贈のみなし譲渡課税とは別の制度です。
誰が、いつ、どの法人に、どの方法で財産を移すかによって課税関係が変わるため、両者を混同しないようにしましょう。

さらに、寄付先側でも、法人の区分や財産の用途により、法人税、登録免許税、不動産取得税、固定資産税などが問題になることがあります。
非課税・軽減措置の有無は一律ではありません。遺言者側の税負担だけでなく、寄付先が負担する取得費用と継続的な管理費も事前に確認する必要があります。

注意点5 不動産は権利関係と維持費を詳しく調査する

不動産を現物遺贈する場合は、登記事項証明書と固定資産評価証明書を見るだけでは足りません。少なくとも次の点を確認します。

  • 抵当権、根抵当権、差押え、地役権などの登記がないか
  • 土地と建物の名義が一致しているか
  • 私道持分や通行・掘削に関する権利があるか
  • 境界確定、越境、未登記建物の問題がないか
  • 賃貸借、借地、使用貸借などの契約関係がないか
  • 管理費、修繕積立金、固定資産税などの滞納がないか
  • 建物の老朽化、残置物、土壌汚染、解体費の問題がないか
  • 農地法などによる取得・利用の制限がないか

担保権付きの不動産を遺贈しても、担保権が当然に消えるわけではありません。また、特定遺贈では、不動産を取得する法人と債務の負担者が一致しないこともあり、相続人との紛争につながる可能性があります。
ローンの返済、担保抹消、費用負担を含めた設計が必要です。

寄付先が相続人ではない法人である場合、不動産の遺贈による所有権移転登記は、受遺者と遺言執行者等による共同申請となります。登録免許税、司法書士費用、必要に応じた測量・解体費なども発生します。

誰がこれらを負担するのかを曖昧にすると、寄付先が受入れを断る原因になります。

注意点6 株式・投資信託は移管条件と価格変動を確認する

上場株式や投資信託は、不動産より換価しやすいように見えますが、寄付先が証券口座を保有していない、現物移管に対応していない、金融商品ごとに受入基準が異なるといった問題があります。相続開始後に価格が大きく下落する可能性もあります。

非上場株式や譲渡制限株式では、会社の定款、株主名簿、譲渡承認手続、評価方法、少数株主としての扱いなどを確認する必要があります。
寄付先にとって議決権行使や売却が困難な株式は、資産ではなく管理負担となることもあります。

株式を現物で遺贈する場合は、証券会社と寄付先の双方に手続を確認し、現物移管ができなければ売却して金銭を渡す予備的な条項を設けると安心です。

注意点7 美術品・貴金属・収集品は価値と所有権を確認する

絵画、骨董品、仏像、刀剣、宝飾品などは、遺言者が考えている価値と市場価値が大きく異なることがあります。真贋、来歴、文化財指定、登録証の有無、保管状態によって、受入れや売却の可否が左右されます。

家族から預かっているだけの物、共有物、寺院や法人の所有物などは、遺言者の財産として遺贈できません。
購入記録、鑑定書、登録証、写真、保管場所を整理し、所有権を確認しておく必要があります。輸送費、保険料、鑑定費、修復費、保管費の負担も決めておきましょう。

「展示してほしい」「売却しないでほしい」といった用途の指定を厳しくしすぎると、寄付先が受け入れられなくなることがあります。

遺言者の希望は尊重されるべきですが、法的な条件と、お願いとして記載する付言事項を使い分けることも重要です。

注意点8 遺留分を侵害しないか確認する

兄弟姉妹以外の一定の法定相続人には、最低限の取り分である遺留分があります。
財産の大部分を公益団体へ遺贈した結果、配偶者や子の遺留分を侵害すると、相続人から受遺者に対して遺留分侵害額請求が行われる可能性があります。

現在の遺留分制度は、金銭請求です。
そのため、不動産そのものが当然に共有へ戻るわけではありませんが、寄付先に金銭負担が生じ、受入れや公益活動に影響するおそれがあります。

遺贈寄付を確実に実現するためには、相続人の遺留分に配慮した財産配分、納税・支払用の預貯金、生命保険の活用、家族への説明などを検討します。

遺言書の付言事項に寄付を希望する理由を記すことも、法的な拘束力はないものの、家族の理解を得る助けになります。

注意点9 遺言執行者を指定し、権限と費用を明確にする

現物遺贈では、財産調査、寄付先との協議、登記や名義変更、売却、税務手続、費用精算など、多くの実務が発生します。
相続人にすべてを任せると、相続人の負担が重くなり、寄付先との連絡が進まないことがあります。

遺言書で司法書士などの専門家を遺言執行者に指定し、必要な権限を具体的に定めておくことが有効です。特に換価して寄付する場合は、次の事項を明記することを検討します。

  • 売却する権限と方法
  • 測量、修繕、解体、残置物処分を行う権限
  • 証券口座の解約、株式等の売却・移管権限
  • 税金、登記費用、仲介手数料、管理費などを控除する権限
  • 専門家へ事務を委任する権限
  • 寄付先が受入れを拒否した場合の代替先
  • 指定財産を売却できない場合の処理
  • 遺言執行者の報酬と費用の負担方法

遺言執行者の指定があれば、遺贈の履行を一元的に進めやすくなります。遺言執行者の候補者には、就任意思、専門性、利益相反の有無を事前に確認しておきましょう。

公正証書遺言による作成を検討する

金銭以外の遺贈では、財産の特定、予備的条項、遺言執行者の権限など、遺言書の内容が複雑になりがちです。方式違反による無効や、解釈をめぐる争いを避けるため、公正証書遺言で作成することをおすすめします。

公正証書遺言は公証人が関与し、原本が保管され、相続開始後の家庭裁判所の検認も不要です。

自筆証書遺言を選ぶ場合には、方式を正確に守り、法務局の自筆証書遺言書保管制度の利用も検討できます。

ただし、法務局は遺言内容の法的妥当性や税務上の効果まで審査する制度ではありません。複雑な現物遺贈では、作成前に専門家の確認を受けることが安全です。

現物遺贈の遺言条項を作る際の考え方

実際の文案は、財産と寄付先の状況に合わせて作る必要があります。一般的には、次の順序で設計します。

  1. 寄付先と財産を正確に特定する
  2. 現物で取得させるのか、売却して金銭を取得させるのかを決める
  3. 登記、移管、売却、管理、費用控除の権限を定める
  4. 寄付先が受け入れない場合や消滅した場合の代替先を決める
  5. 財産が死亡時に存在しない場合の扱いを決める
  6. 遺留分、債務、税金、執行費用を踏まえて全体の財産配分を調整する
  7. 遺言執行者を指定する

例えば「A法人が本不動産を現物で受け入れないときは、遺言執行者がこれを売却し、売却費用、租税公課その他の必要費を控除した残額をA法人へ遺贈する」という趣旨の予備的条項が考えられます。

ただし、このような条項だけで、あらゆる財産や税務問題に対応できるわけではありません。個別の事情に応じて文案を調整してください。

遺言作成前のチェックリスト

  • 寄付先の正式名称、法人格、所在地を確認した
  • 寄付先と事前協議し、現物受入れの可否を書面で確認した
  • 財産の名義、評価、担保、共有、契約関係を調査した
  • 現物遺贈と換価後の金銭遺贈を比較した
  • みなし譲渡課税と非課税承認の可能性を税理士に確認した
  • 登記、測量、鑑定、売却、管理、納税に必要な現金を確保した
  • 遺留分を侵害しないか試算した
  • 寄付先が受け入れない場合の代替案を定めた
  • 遺言執行者の候補者と事前に協議した
  • 財産や寄付先の状況が変わったときに遺言を見直す予定を立てた

まとめ

遺言による現物寄付は、不動産や株式、美術品などを社会のために活用してもらえる意義のある方法です。一方で、現金の遺贈に比べて、寄付先の受入審査、名義変更、維持費、売却、みなし譲渡課税、遺留分などの問題が複雑に絡みます。

成功のポイントは、遺言書だけを先に作らないことです。
まず財産の状態を調査し、寄付先の受入方針を確認したうえで、現物遺贈と換価後の金銭遺贈を比較します。そのうえで、予備的条項と遺言執行者を含む実行可能な遺言を作成することが大切です。

税務上の取扱いは、寄付先の法人区分、資産の種類、取得価額、時価、寄付方法によって変わります。司法書士だけでなく、税理士、寄付先の担当者、不動産や美術品の専門家などと連携し、生前から準備を進めましょう。

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