「親が認知症になって成年後見制度を利用することになったら、相続対策はもうできないのでしょうか」
「成年後見人を付けた後でも、子どもや孫への生前贈与を続けることはできますか」
「家族信託や遺言書を使えば、成年後見開始後でも相続対策ができるのでしょうか」
成年後見のご相談では、このような質問を受けることがあります。
結論からいうと、成年後見制度を利用したからといって、本人の財産に関する行為がすべてできなくなるわけではありません。
しかし、将来の相続人のために本人の財産を減らす「相続対策」は、成年後見開始後には大きく制限されます。
成年後見制度は、相続人のために財産を残したり、相続税を少なくしたりするための制度ではありません。
認知症などにより判断能力が十分でなくなった本人の財産と生活を守るための制度です。
したがって、「本人にとって利益になるか」という視点と、「将来の相続人にとって利益になるか」という視点は明確に分けて考える必要があります。
この記事では、成年後見制度を利用すると相続対策がどこまで制限されるのか、生前贈与、遺言書、家族信託、生命保険、不動産の売却などを具体的に取り上げながら解説します。
- 成年後見制度の目的は「相続財産を残すこと」ではなく本人を守ること
- 注意点1 相続税対策を目的とした生前贈与は原則として難しくなる
- 注意点2 家族信託を成年後見開始後に始めるのは難しい
- 注意点3 生命保険を利用した相続対策も自由にはできない
- 注意点4 成年後見人が本人に代わって遺言書を作ることはできない
- 注意点5 本人所有の不動産を売却すること自体は禁止されていない
- 注意点6 本人が相続人になった場合、相続分を自由に減らすことはできない
- 注意点7 成年後見制度を利用する前なら何でもできるわけでもない
- 成年後見開始後でも「本人のための財産管理」はできる
- 任意後見なら相続対策を自由にできる?
- 相続対策は成年後見が必要になる前に考えることが重要
- 2026年に成年後見制度の大きな改正法が成立
- 成年後見と相続対策は「誰のための財産管理か」を考える
- まとめ|成年後見開始後の「相続対策」には大きな制約がある
- 参考リンク
成年後見制度の目的は「相続財産を残すこと」ではなく本人を守ること
まず理解しておきたいのが、成年後見制度の目的です。
成年後見制度は、認知症、知的障害、精神障害などによって判断能力が不十分な方について、財産管理や契約などを支援する制度です。
現行制度では、判断能力の程度に応じて「後見」「保佐」「補助」が設けられています。
成年後見人は、本人の預貯金や不動産などを管理し、必要に応じて介護サービスや施設入所などの契約を行います。
成年後見人の仕事で最も重要なのは、あくまで本人の利益を守ることです。
法務省も、成年後見人等は本人の利益を考えながら本人を保護・支援し、財産管理等を行う制度であると説明しています。
たとえば本人に3,000万円の預貯金がある場合、成年後見人が考えるべきことは「相続税を減らすために子どもへ贈与しよう」ということではありません。
今後の介護費、医療費、施設費、住居費などを考え、本人が生涯安心して生活できるように財産を管理することが基本になります。
その結果として財産が相続人に多く残ることもありますが、それは成年後見制度の目的ではありません。
この点を理解すると、なぜ成年後見開始後に相続対策が難しくなるのかが分かりやすくなります。
注意点1 相続税対策を目的とした生前贈与は原則として難しくなる
成年後見開始後に特に問題になりやすいのが生前贈与です。
認知症になる前から、毎年母から子どもや孫へ一定額を贈与していた家庭であった場合、「今まで母が毎年100万円ずつ贈与してきたのだから、成年後見人として、そのまま続けてもよいのではないか」と考える方もいるでしょう。
しかし、成年後見人が本人の財産を無償で子どもや孫へ移転することは、原則として認められません。
裁判所の成年後見人向けQ&Aでも、本人の財産から支出できるものは原則として本人自身のためのものに限られ、配偶者・子・孫などへの贈与や貸付けについては、税法上の優遇措置があったとしても原則認められないと説明されています。
相続税対策を目的とする贈与についても同様です。
ここは非常に重要なポイントです。
「贈与をすると相続税が安くなる」ということは、主として将来の相続人側の利益です。
一方、本人の財産は減少します。
成年後見人には本人の財産を適切に管理する義務があるため、単に相続税対策になるという理由だけで本人の財産を減らすことはできないのです。
なお、成年後見開始前から長年行われていた贈与だからといって、成年後見開始後も当然に継続できるわけではありません。
従前の本人の意思、贈与の目的、本人の資産状況、贈与額などを含めて慎重に判断する必要があります。
注意点2 家族信託を成年後見開始後に始めるのは難しい
認知症対策として注目される制度の一つに「家族信託」があります。
家族信託では、たとえば父親が自分の不動産や預貯金を子どもに信託し、子どもが受託者として財産を管理する仕組みを作ることがあります。
しかし、家族信託は本人の意思に基づいて契約する制度です。
そのため、本人が契約内容を理解して判断する能力を失った後になってから、新たに信託契約を締結することは難しくなります。
家族信託は、成年後見制度が始まってから慌てて利用するというよりも、本人に十分な判断能力がある段階で検討することが重要です。
特に、不動産を複数所有している方、賃貸不動産を所有している方、将来の認知症が心配な方は、元気なうちから遺言・任意後見・家族信託などを比較しておくことが大切です。
注意点3 生命保険を利用した相続対策も自由にはできない
生命保険は相続対策としてよく利用されます。
死亡保険金の受取人を指定することで納税資金を準備したり、特定の家族へ資金を残したりできるためです。
しかし、本人の判断能力が低下して成年後見制度を利用している場合、成年後見人が自由に新しい生命保険に加入したり、保険契約を変更したり、受取人を変更したりできるとは限りません。
特に、「将来、長男に多く財産を渡したい」「相続税を減らしたい」といった相続対策だけを目的として本人の財産を動かす行為については、本人自身の利益との関係を慎重に検討する必要があります。
生命保険の変更については、契約内容、成年後見人に与えられている権限、本人の意思、保険料の負担、本人にとっての経済的合理性などを個別に判断する必要があります。
したがって、「成年後見人になれば保険も自由に変更できる」と考えるのは危険です。
注意点4 成年後見人が本人に代わって遺言書を作ることはできない
「成年後見人に相続対策ができないのであれば、本人の代わりに遺言書を書けばよいのではないか」と考える方もいるかもしれません。
しかし、遺言は本人自身の最終意思を示す非常に重要な行為です。
成年後見人が本人を代理して遺言書を作成することはできません。
もっとも、現行民法には成年被後見人の遺言について特別な規定があります。
成年被後見人であっても、事理を弁識する能力を一時的に回復している場合には、一定の要件のもとで遺言をすることができます。
現行民法973条では、成年被後見人が判断能力を一時回復した状態で遺言をする場合、医師2人以上の立会いが必要とされています。
法務省も、この規定は遺言時に事理弁識能力が回復していたことを確認し、後日の紛争を防止するための制度であると説明しています。
つまり、「成年後見が開始した=絶対に遺言できない」というわけではありません。
ただし、通常の遺言よりも要件が厳しくなりますし、そもそも本人に遺言内容を理解して判断できる能力がなければ遺言をすることはできません。
遺言については、成年後見開始の有無だけでなく、遺言をする時点の本人の判断能力が非常に重要です。
そのため、「認知症になってから考えればよい」ではなく、判断能力が十分なうちに作成しておくことをおすすめします。
注意点5 本人所有の不動産を売却すること自体は禁止されていない
成年後見制度を利用すると、「不動産を一切売却できなくなる」と誤解されることがあります。
これは正確ではありません。
本人の生活費、介護費、施設費などを確保するために不動産を売却する必要がある場合など、本人の利益のためであれば売却できる場合があります。
ただし、本人の居住用不動産については特別な規制があります。
成年後見人が本人の居住用不動産を売却したり、賃貸したり、賃貸借契約を解除したり、抵当権を設定したりする場合には、家庭裁判所の許可が必要です。
裁判所の許可を得ずに行った処分は無効となります。
ここでいう居住用不動産には、本人が現在住んでいる住宅だけではありません。
本人が施設へ入所していて現在は住んでいなくても、以前生活の本拠として利用していた住宅や、将来戻る可能性がある住宅が含まれることがあります。
一方で、「将来子どもに相続させやすくするために今のうちに売却して現金化しておこう」という理由だけでは、成年後見人としての適切な財産管理といえるか慎重に判断する必要があります。
同じ不動産売却でも、「本人の施設費を確保するため」と「相続人が分けやすくするため」では、目的が全く異なるのです。
注意点6 本人が相続人になった場合、相続分を自由に減らすことはできない
成年後見制度と相続が交差する場面として非常に多いのが、成年被後見人自身が相続人になるケースです。
たとえば認知症の母について成年後見制度を利用している状態で父が亡くなり、母と子どもたちが相続人になるケースです。
この場合、成年後見人が母に代わって遺産分割協議に参加します。
しかし、「成年被後見人(母)は施設に入っていてお金を使わないから、遺産は全部子どもが相続する」といった遺産分割を成年後見人が簡単に認めることはできません。
裁判所は、成年被後見人が相続人となる遺産分割について、本人の権利を守るため、原則として本人の法定相続分を確保する必要があると案内しています。
たとえば父が亡くなり、母と子ども2人が相続人なら、母の法定相続分は原則2分の1です。
「将来的には子どもが母の財産も相続するのだから、今回の父の相続では母の取り分をゼロにしても同じではないか」と考えることもあるでしょう。
しかし、成年後見制度ではそのようには考えません。
父の相続と、将来発生する母の相続は別の問題です。
成年後見人は、現在の本人である母の権利を守らなければならないため、将来の相続人である子どもの利益を優先して本人の取得分を減らすことは原則できません。
また、成年後見人自身も共同相続人である場合など、本人と後見人の利益が対立するケースでは、特別代理人の選任が必要になります。
注意点7 成年後見制度を利用する前なら何でもできるわけでもない
ここまで読むと、「それなら成年後見を申し立てる前に急いで贈与や家族信託をしてしまえばよい」と考える方がいるかもしれません。
しかし、この考え方にも注意が必要です。
成年後見開始の審判が出ていなければ、本人に十分な判断能力があるとは限りません。
法律行為が有効かどうかを考える際には、「成年後見が開始しているかどうか」だけではなく、その契約や贈与をした時点で本人に必要な判断能力があったかどうかが重要になります。
すでに認知症が進行して契約内容を理解できない状態になっているにもかかわらず、成年後見開始前だからという理由で多額の生前贈与や家族信託、不動産移転などを行えば、後にその行為の有効性を巡って相続人間で争いになる可能性があります。
つまり、生前対策には「まだ成年後見が始まっていないか」ではなく、「本人が自分で内容を理解して判断できるうちか」という視点が重要です。
成年後見開始後でも「本人のための財産管理」はできる
成年後見制度が始まると相続対策が制限されるからといって、財産を一切動かせなくなるわけではありません。
本人のために必要な支出や財産管理は当然行われます。
たとえば本人の生活費、医療費、介護費、施設入所費、税金や社会保険料の支払い、本人が負っている債務の返済などは、本人の財産から適切に支出することができます。
本人が使わなくなった不動産を適正価格で売却し、その代金を今後の介護費に充てることも、本人の利益のために必要であれば検討できます。
要するに、成年後見制度のポイントは「財産を減らしてはいけない」ということではありません。
本人のために使うのか、それとも将来の相続人のために使うのかという違いが重要なのです。
成年後見人は本人の財産をただ保存するだけではなく、本人がより安心して生活できるよう適切に財産を活用する役割も担います。
任意後見なら相続対策を自由にできる?
ここで、「法定後見ではなく任意後見なら自由に相続対策ができるのではないか」と考える方もいるでしょう。
任意後見制度は、本人の判断能力が十分なうちに、将来自分の判断能力が低下した場合に備えて、誰にどのような事務を任せるのかを契約で決めておく制度です。
確かに、自分で任意後見人を選び、代理権の内容をあらかじめ決められる点では法定後見とは異なります。
しかし、任意後見人についても、本人の意思を尊重し、その心身の状態や生活状況に配慮して事務を行う義務があります。
したがって、「任意後見契約を作っておけば、本人が認知症になった後に相続税対策として自由に贈与できる」という単純なものではありません。
相続対策を考えるのであれば、任意後見だけで完結させるのではなく、遺言、家族信託、財産管理委任契約、生命保険などを本人の希望や財産状況に応じて組み合わせて検討することが重要です。
相続対策は成年後見が必要になる前に考えることが重要
成年後見制度と相続対策を考えるうえで最も重要なのは、「対策を始める時期」です。
判断能力が十分にあるうちであれば、自分自身の意思でさまざまな選択肢を検討できます。
たとえば、
遺言書によって財産の承継先を決める
任意後見契約を締結する
必要に応じて家族信託を検討する
生命保険の受取人を確認する
不動産の今後の管理方法を決める
といった準備が可能です。
ところが判断能力が大きく低下して成年後見が必要な段階になると、選択肢は急速に少なくなります。
特に相続対策の目的が「将来の相続人へ財産を移すこと」である場合、成年後見制度との相性は決してよくありません。
「まだ認知症ではないから大丈夫」と考えるのではなく、本人が元気で自分の希望を明確に伝えられる時期こそ、生前対策を検討する適切なタイミングといえるでしょう。
2026年に成年後見制度の大きな改正法が成立
成年後見制度については、2026年6月17日に「民法等の一部を改正する法律」が成立し、同年6月24日に公布されました。
改正法では、現在の「後見」「保佐」の制度を廃止し、補助制度へ一元化することなど、成年後見制度を大きく見直す内容が盛り込まれています。本人に必要な範囲で支援を利用できる制度へ転換することが大きなポイントです。
ただし、2026年9月現在、この成年後見制度の見直し部分はまだ施行されていません。
成年後見制度に関する改正は、2026年6月24日の公布の日から2年6か月を超えない範囲内で政令により定める日に施行される予定です。
したがって、現時点では現在の後見・保佐・補助の制度を前提に考える必要があります。
今後、成年後見制度は大きく変わりますが、制度改正後も「本人の意思を尊重し、本人を保護する」という制度の基本的な考え方は重要です。
制度が変わったからといって、成年後見制度を相続税対策や相続人への財産移転の手段として自由に利用できる制度になるわけではありません。
今後の生前対策を考える際には、新制度の施行時期や内容についても確認していく必要があります。
成年後見と相続対策は「誰のための財産管理か」を考える
成年後見制度と相続対策を理解するためには、「その財産管理は誰のために行うのか」を考えると整理しやすくなります。
本人の介護費を支払う、施設入所費を確保する、不動産を適正価格で売却して生活資金を確保する、といった行為は本人のための財産管理です。
一方、相続税を減らすため子どもへ生前贈与する、将来子どもが取得しやすいよう本人の財産を移転する、といった行為は将来の相続人の利益につながるものです。
この違いが、成年後見開始後にできること・難しくなることを考える基本になります。
特に高齢の親について生前対策を考えている場合、「成年後見になったら考えよう」では遅いケースがあります。
遺言、任意後見、家族信託、財産管理委任契約などは、それぞれ役割が異なります。
本人の家族関係、財産内容、認知症リスク、不動産の有無、将来の介護方針などを確認しながら、本人に判断能力があるうちに適切な制度を組み合わせることが重要です。
まとめ|成年後見開始後の「相続対策」には大きな制約がある
成年後見制度を利用したからといって、本人の財産を一切動かせなくなるわけではありません。
本人の生活、医療、介護などに必要な財産管理は引き続き行うことができます。
しかし、相続税を減らすための生前贈与や、将来の相続人へ財産を移転することを主な目的とする行為については、成年後見人の職務とは相容れない場合が多く、原則として難しくなります。
また、家族信託や遺言についても、「成年後見が始まってから考えればよい」という制度ではありません。
特に遺言、家族信託、任意後見などを検討するのであれば、本人の判断能力が十分にある時期から準備することが重要です。
なお、「成年後見開始前なら自由に相続対策ができる」という意味でもありません。本人に契約内容等を理解できる判断能力があることが大前提です。
相続対策と認知症対策は別々に考えるのではなく、「本人が元気なうちから、財産管理と将来の相続を一緒に設計する」という視点が重要になります。
成年後見、任意後見、遺言、家族信託など、どの制度を選ぶべきかは、本人の年齢や判断能力、家族関係、財産内容によって変わります。早い段階で司法書士などの専門家へ相談し、それぞれの制度の違いを理解したうえで準備を進めることをおすすめします。
京都・東寺近くの不動リーガルオフィスでは、相談のご予約受付中です。
初回相談無料
土日祝も相談可能
京都市内は出張料無料
参考リンク
法務省:成年後見制度・成年後見登記制度 Q&A「法定後見制度について」
法務省:「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について
裁判所:成年被後見人(被保佐人、被補助人)の居住用不動産の処分についての許可


