「親が元気なうちに、何か認知症対策をした方がよいのでしょうか」

「認知症になると銀行口座や不動産を動かせなくなると聞いたけれど、本当でしょうか」

「家族信託と任意後見は、どちらを利用すればよいのでしょうか」

高齢の親を持つ方から、このようなご相談を受けることがあります。

認知症への備えというと、介護施設や医療のことを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、同じくらい重要なのが財産管理の対策です。

預貯金、不動産、株式、賃貸物件などの財産について、所有者本人の判断能力が低下すると、契約や処分の意思確認が難しくなることがあります。

例えば、

  • 介護費用を捻出するため自宅を売却したい
  • 賃貸アパートを管理・修繕したい
  • 定期預金を解約したい
  • 高齢者施設への入居費用を準備したい
  • 株式や投資信託などを整理したい

といった場面で問題になる可能性があります。

成年後見制度は、認知症などによって判断能力が不十分になった方を保護・支援するための制度です。
しかし、認知症対策は「認知症になってから考える」のではなく、本人が自分の希望を伝え、自ら契約内容を決められる段階で準備しておくことが重要です。

今回は、認知症になる前に検討しておきたい財産管理対策について、司法書士の視点からわかりやすく解説します。


1.なぜ認知症になる前の財産管理対策が必要なのか

財産は本人のものです。

そのため、家族であっても、当然に本人名義の財産を自由に管理・処分できるわけではありません。

たとえば、父親名義の自宅を子どもが「介護費用が必要だから」という理由だけで勝手に売却することはできません。

不動産売買のような重要な契約では、本人がその契約内容や結果を理解して意思表示できることが重要になります。

財産管理対策で特に注意したいのは、「元気なうちにできる対策」と「判断能力が低下してから利用する制度」は同じではない、という点です。

本人に十分な判断能力があるうちは、

  • 財産管理委任契約
  • 任意後見契約
  • 家族信託(民事信託)
  • 遺言書

など、本人の意思を反映した様々な対策を検討できます。

一方、判断能力が大きく低下し、有効な契約を結ぶことができない状態になってしまうと、新しく家族信託や任意後見契約などを締結することが難しくなります。

もっとも、「認知症と診断された=直ちにすべての契約ができなくなる」という意味ではありません。

日本公証人連合会も、認知症であるというだけで直ちに判断能力がないと評価されるわけではなく、本人の状態や契約内容などに応じて個別に判断されると説明しています。任意後見契約を作成できるかについても、公証人が本人との面談や医師の診断などを参考に判断します。

したがって、最近物忘れが増えてきたからもう何もできない、と決めつける必要はありません。

ただし、時間が経過するほど選択肢が少なくなる可能性がありますので、気になった段階で早めに専門家へ相談することが大切です。


2.まず行いたいのは「財産の棚卸し」

制度を選ぶ前に、まず確認しておきたいのが財産の全体像です。

特に高齢になると、家族が本人の財産を把握していないケースが珍しくありません。

例えば、

  • どの銀行に口座があるのかわからない
  • 証券会社を利用しているかわからない
  • 不動産が自宅以外にもある
  • 昔購入した土地がそのまま残っている
  • 貸金庫を利用している
  • 生命保険の契約内容がわからない
  • 賃貸物件の管理会社がわからない

といったケースです。

認知症対策を検討するときには、まず次のようなものを一覧にしておくとよいでしょう。

確認しておきたい主な財産

・預貯金
・不動産
・株式、投資信託などの有価証券
・生命保険
・賃貸不動産
・自動車
・貸金庫
・借入金、住宅ローンなどの負債
・年金その他の収入

財産の一覧を作ることは、認知症対策だけでなく、将来の相続手続きをスムーズにする意味でも重要です。


3.対策① 財産管理委任契約

本人の判断能力は十分にあるものの、

「足腰が弱くなって銀行へ行くのが大変」

「不動産管理を子どもに任せたい」

「今後の財産管理を少しずつ家族に任せたい」

という場合に検討できるのが財産管理委任契約です。

財産管理委任契約は、本人が信頼できる家族や専門家などに財産管理等の事務を委任する契約です。

契約内容に応じて、

  • 預貯金に関する手続
  • 家賃の受領
  • 公共料金等の支払い
  • 不動産管理
  • 各種契約

などを任せることが考えられます。

特に重要なのは、財産管理委任契約が本人の判断能力がある段階から利用できるという点です。

ただし、財産管理委任契約だけでは、将来本人の判断能力が低下した後の支援について不十分になる場合があります。

そこで実務上利用されることがあるのが、次に説明する任意後見契約との組み合わせです。


4.対策② 任意後見契約

任意後見契約は、本人が十分な判断能力を有しているうちに、将来、判断能力が低下した場合には、この人に自分の生活や財産管理を任せたい、という希望をあらかじめ契約にしておく制度です。

任意後見契約は、公正証書によって締結する必要があります。

本人の判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任すると任意後見契約の効力が生じ、任意後見人が契約で定められた範囲の事務を行います。

例えば、

  • 預貯金の管理
  • 不動産の管理
  • 介護サービスに関する契約
  • 施設への入所契約
  • 各種費用の支払い

などを代理権の範囲として設定することが考えられます。

任意後見のメリット

最大のメリットは、自分が信頼する人を自分で選んでおけることです。

判断能力が低下した後に法定後見制度を利用する場合、誰が後見人等になるかは家庭裁判所が判断します。

これに対し任意後見では、判断能力があるうちに本人が受任者を決めることができます。


5.「財産管理委任契約+任意後見」という方法

財産管理委任契約と任意後見契約を組み合わせる方法もあります。

イメージとしては、

元気な時期
本人自身で財産管理

体力が低下した時期
財産管理委任契約による支援

判断能力が低下した時期
任意後見へ移行

という形です。

「今から支援してほしいこと」と「将来判断能力が低下した後に支援してほしいこと」を分けて設計できる点が特徴です。


6.対策③ 家族信託(民事信託)

近年、認知症対策として注目されているのが家族信託です。

一般に「家族信託」と呼ばれていますが、法律上は信託法を利用した民事信託・親族間の信託などとして利用される仕組みです。

法務省も2026年3月、認知症などに備えた財産管理に親族間の信託を利用するケースがあることを踏まえ、一般向けの信託制度パンフレットを公表しています。

典型的には、

委託者
財産を託す人

受託者
財産を管理する人

受益者
財産から利益を受ける人

という関係を作ります。

例えば父親が所有する賃貸不動産について、

父=委託者
長男=受託者
父=受益者

という信託を利用して、父親が判断能力を失った後も、信託契約で定められた範囲で受託者(長男)が信託財産を管理していく仕組みです。


7.家族信託が向いているケース

家族信託は特に、

  • 賃貸アパートなど収益不動産がある
  • 将来不動産を売却する可能性がある
  • 多数の不動産を管理している
  • 認知症後も資産管理を継続したい
  • 子どもに財産管理を任せたい

といった場合に検討する価値があります。

例えば、高齢の父親がアパートを所有している場合を考えてみましょう。

将来父親の判断能力が低下すると、大規模修繕、建て替え、売却、といった重要な判断や契約が難しくなります。

そこで、元気な段階で適切な信託契約を締結し、対象不動産を信託財産として管理できる仕組みを作っておく方法があります。

ただし、信託契約の内容によって受託者の権限は異なります。

家族信託をしておけば何でもできるというわけではありません。


8.家族信託だけでは解決できないこともある

家族信託は非常に柔軟な財産管理制度ですが、万能ではありません。

特に注意したいのは、

信託は基本的に「財産管理」の仕組みである

という点です。

例えば、本人に代わって介護サービス契約や施設入所契約などの法律行為を幅広く行う必要が生じる場合、信託契約だけでは対応できないことがあります。

また、信託の対象にしていない財産については、当然ながら受託者が信託財産として管理することはできません。

そのため、家族信託+任意後見など、複数の制度を組み合わせた方が適切なケースもあります。


9.対策④ 遺言書も一緒に考える

認知症対策を考える際には、遺言書についても確認しておくことをおすすめします。

ここで重要なのは、

家族信託・任意後見=生きている間の対策

遺言=亡くなった後の財産承継の対策

という違いです。

例えば、「認知症になった後の財産管理は長男に任せたい」という問題と、「自分が亡くなったら自宅を長男に相続させたい」という問題は別です。

生前の財産管理だけを準備しても、相続後の財産承継について希望どおりになりません。

認知症対策を行う際には、

  • 財産管理
  • 任意後見
  • 家族信託
  • 遺言
  • 相続税
  • 遺留分

などを全体として検討することが重要です。


10.4つの財産管理対策を比較

制度 主な目的 利用する時期 特徴
財産管理委任契約 日常の財産管理を任せる 判断能力がある間 柔軟に代理権を設定できる
任意後見契約 判断能力低下後の財産管理・身上保護 契約は元気なうち、効力発生は判断能力低下後 本人が任意後見人となる人を選べる
家族信託 信託財産の管理・処分 原則として契約できる判断能力があるうち 不動産などの継続的な財産管理に活用できる
遺言書 死亡後の財産承継 判断能力があるうち 相続後の財産の分け方を指定できる

重要なのは、「一番優れた制度」を探すことではありません。

その方の財産や家族構成、希望によって適切な制度は変わります。


11.こんな方は早めの対策をおすすめします

次のような事情がある場合には、一度財産管理対策を検討してみてもよいでしょう。

① 70代・80代になった親が不動産を多数所有している

不動産は預金と違い、管理・修繕・賃貸・売却など様々な法律行為が必要になります。

② 親が一人暮らしをしている

突然の入院や施設入所によって、家族が財産管理を手伝う必要が生じることがあります。

③ 賃貸アパートやマンションを所有している

認知症になっても賃貸経営そのものは続きます。

管理会社との契約、修繕、家賃管理、売却などを誰が行うのか考えておく必要があります。

④ 子どものうち一人に財産管理を任せたい

将来誰が何を管理するのかを本人自身が決め、家族に説明しておくことでトラブル防止にもつながります。

⑤ 最近、物忘れが増えてきた

認知症の診断を受けていなくても、判断能力が低下してからでは利用できる制度が限定される可能性があります。

早めに相談しておくことが大切です。


12.認知症になってから家族信託はできない?

認知症と診断されたら家族信託や任意後見は絶対にできないのでしょうか?という質問をいただくことが多々あります。

これは一律には決められません。

重要なのは病名そのものではなく、本人に契約内容を理解して判断する能力があるかどうかです。

日本公証人連合会も、認知症だから直ちに判断能力がないわけではなく、任意後見契約については公証人が本人の状況等を踏まえて個別に判断すると説明しています。

したがって、軽度の認知症だからといって直ちにすべての生前対策が不可能になるわけではありません。

しかし、判断能力は時間の経過とともに変化する可能性があります。

もう少し悪くなってから考えよう、ではなく、本人が自分の希望を十分説明できる段階で検討することをおすすめします。


13.2026年に成年後見制度の法律が改正されています

成年後見制度については、2026年に大きな法律改正が行われました。

2026年6月24日、「民法等の一部を改正する法律」が公布され、成年後見制度についても大幅な見直しが予定されています。

改正では、現行の法定後見制度の「後見」「保佐」を廃止し、「補助」を中心とした制度へ再構成することなどが予定されています。

ただし、ここは注意が必要です。

2026年8月現在、成年後見制度の見直し部分はまだ施行されていません。

法務省によれば、成年後見制度の見直しに関する改正は、2026年6月24日の公布の日から2年6か月を超えない範囲内で政令により定める日から施行されます。

したがって、現時点では現行の成年後見制度を前提として手続きを考える必要があります。

今後、制度の詳細や施行日が定まれば、認知症対策や成年後見制度の利用方法についても改めて確認する必要があります。


14.認知症対策は「制度を契約すること」が目的ではない

家族信託、任意後見、財産管理委任契約

制度の名前だけを見ると、どれを選べばよいのかわからなくなる方も多いでしょう。

しかし本当に重要なのは、「認知症になった後、誰に、どの財産を、どのように管理してもらいたいのか」を考えることです。

例えば、

「自宅はできるだけ残したい」

「施設費が必要になれば自宅を売ってもよい」

「賃貸アパートは長男に管理してもらいたい」

「生活費は毎月この口座から支払ってほしい」

「将来はこの施設に入りたい」

「亡くなった後は子ども二人にこのように財産を残したい」

など、本人の希望は人によって異なります。

まず希望を整理し、その希望を実現するために必要な制度を選ぶ。

この順番が大切です。


15.司法書士に相談するメリット

司法書士は、不動産登記だけでなく、成年後見、任意後見、遺言、相続、民事信託など、財産管理や相続に関する法的手続きを扱っています。

特に不動産を所有している場合には、

  • 自宅を将来どうするのか
  • 賃貸不動産を誰に管理してもらうのか
  • 家族信託を利用するのか
  • 任意後見を利用するのか
  • 遺言書を作成するのか

を個別に考えるのではなく、生前から相続発生後まで一連の流れとして設計することが重要です。

家族信託を使った方がよいケースもあれば、財産管理委任契約と任意後見だけで十分なケースもあります。

逆に、家族信託を作っても任意後見が必要になるケースもあります。

財産額だけではなく、本人の年齢、健康状態、不動産の種類、家族構成、将来の希望などを確認したうえで検討することが大切です。


まとめ|認知症対策は「まだ元気だから」が始めどき

認知症になる前の財産管理対策として代表的なものには、

  1. 財産の棚卸し
  2. 財産管理委任契約
  3. 任意後見契約
  4. 家族信託(民事信託)
  5. 遺言書の作成

などがあります。

中でも重要なのは、本人が自分の意思で制度を選択できるうちに検討することです。

認知症の診断を受けたからといって直ちにすべての契約が不可能になるわけではありませんが、判断能力が低下すると利用できる選択肢が狭くなる可能性があります。

「まだ元気だから必要ない」

ではなく、

「まだ元気だからこそ、自分で決められる」

と考えてみてはいかがでしょうか。

財産管理対策では、家族信託だけ、任意後見だけ、と一つの制度から考えるのではなく、

本人の財産・家族関係・将来の生活・相続まで含めて総合的に設計すること

が大切です。


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参考リンク

法務省:成年後見制度について
https://www.moj.go.jp/MINJI/a01.html

法務省:「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html

法務省:信託制度のパンフレットの公表について
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00386.html

裁判所:任意後見制度の概要を知りたい方へ
https://www.courts.go.jp/saiban/koukenp00/koukenp3/index.html

日本公証人連合会:任意後見契約
https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow04