「認知症になった後の財産管理を、信頼できる家族に任せたい」

「「将来、介護施設へ入ることになったとき、誰が契約をしてくれるのだろう」

「成年後見制度を利用すると、知らない専門家が後見人に選ばれることがあると聞いて不安」

このような不安に備える方法の一つが、任意後見契約です。

任意後見契約は、判断能力が十分にあるうちに、将来支援してもらう人と、任せる事務の範囲を自分で決めておく制度です。ただし、契約書を作れば直ちに財産管理が始まるわけではありません。また、任意後見人に任せられないこともあり、財産管理委任契約、家族信託、遺言書、死後事務委任契約などを組み合わせた方がよい場合もあります。

さらに、2026年6月24日には成年後見制度と任意後見制度を見直す改正法が公布されました。もっとも、2026年8月4日現在、成年後見関係の改正はまだ施行されていません。現在の制度と将来の改正内容を混同しないことが大切です。

この記事では、任意後見契約の仕組み、手続き、費用、注意点、法定後見や家族信託との違い、2026年改正法によって変わるポイントを、京都の司法書士がわかりやすく解説します。

1.任意後見契約とは

任意後見契約とは、本人の判断能力が十分にあるうちに、将来、認知症、知的障害、精神障害などによって判断能力が不十分になった場合に備え、財産管理や生活・療養看護に関する事務を誰に任せるかを決めておく契約です。

将来、任意後見人になる予定の人を「任意後見受任者」といいます。本人の判断能力が低下し、現行制度では家庭裁判所が任意後見監督人を選任すると、任意後見契約の効力が生じます。その後、任意後見受任者は「任意後見人」として、契約で定められた代理権の範囲内で本人を支援します。

重要なのは、任意後見人を本人自身があらかじめ選べることです。子ども、兄弟姉妹、甥・姪、知人などのほか、法律上の欠格事由がなければ、司法書士や弁護士などの専門職、法人を選ぶこともできます。

2.法定後見制度との違い

成年後見制度には、大きく分けて「法定後見制度」と「任意後見制度」があります。

現行の法定後見制度は、すでに判断能力が低下した後に家庭裁判所へ申立てを行い、家庭裁判所が成年後見人、保佐人または補助人を選任する制度です。家族が候補者を挙げることはできますが、必ずその人が選任されるとは限りません。

一方、任意後見制度は、判断能力があるうちに、本人が支援者と代理権の範囲を決めます。将来の財産管理や生活支援について、本人の希望を反映しやすいことが大きな特徴です。

ただし、任意後見人には、本人が自ら行った契約を当然に取り消す権限はありません。任意後見契約が発効しても、本人の行為能力が一律に制限されるわけではないためです。悪質商法による契約の取消しなどが必要な場合は、法定後見制度の利用を含め、別の対応を検討しなければならないことがあります。

3.契約を結んだだけでは、任意後見は始まらない

任意後見契約について、特に誤解されやすいのが開始時期です。

任意後見契約は、将来に備えて作成する契約です。契約を締結した時点で本人の判断能力が十分であれば、任意後見人予定者が直ちに預貯金を管理したり、不動産を売却したりできるわけではありません。

現行制度では、本人の判断能力が不十分になった後、本人、配偶者、四親等内の親族または任意後見受任者が、本人の住所地を管轄する家庭裁判所へ任意後見監督人選任の申立てを行います。家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から契約の効力が生じ、任意後見人の仕事が始まります。

任意後見監督人は、任意後見人から事務の報告を受け、本人の財産や生活が適切に守られているかを確認し、家庭裁判所へ報告します。本人が信頼して選んだ任意後見人であっても、支援開始後は監督を受ける仕組みです。

4.任意後見人に任せられること

任意後見人が行えるのは、公正証書に添付する代理権目録に記載された法律行為です。例えば、次のような事務が考えられます。

・預貯金の管理、払戻し、振込み

・年金その他の収入の受領

・税金、公共料金、医療費、介護費用などの支払い

・不動産の管理、賃貸、必要に応じた売却

・保険契約に関する手続き

・要介護認定の申請

・介護サービス利用契約、入院契約、施設入所契約の締結

・登記、供託、各種証明書の取得に関する手続き

・本人が相続人となった場合の遺産分割協議など

どこまでの権限を与えるかは、本人の財産、家族関係、住まい、希望する生活によって異なります。「不動産に関する権限は与えるが、自宅の売却には特別な条件を設ける」「特定の口座から生活費を支払えるようにする」など、必要に応じて内容を調整することが重要です。

5.任意後見人でもできないこと

任意後見人に広い代理権を与えても、何でも任せられるわけではありません。

まず、任意後見人の仕事は、契約の締結、支払い、申請などの法律行為が中心です。食事、掃除、買物、入浴介助、通院の付き添いなどの事実行為を、任意後見人が自ら行うことまで当然に義務付ける制度ではありません。必要な介護サービスを契約し、その費用を支払うことによって生活を支えるのが基本です。

また、手術などの医療行為への同意、婚姻、離婚、養子縁組、遺言の作成など、本人だけが行うことを予定した行為を、任意後見人が包括的に代理できるわけではありません。本人の死後に行う葬儀、納骨、住居の明渡し、デジタル遺品の整理なども、任意後見契約だけで十分に対応できるとは限りません。

そのため、本人の希望によっては、尊厳死宣言など医療・療養に関する意思の整理、遺言書、死後事務委任契約を別に準備する必要があります。

6.任意後見契約の3つの利用形態

任意後見契約の利用方法は、実務上、主に次の3つに整理されます。

将来型

本人の判断能力が十分な時に任意後見契約を締結し、判断能力が低下するまでは任意後見受任者による財産管理を開始しない方法です。現在は自分で財産を管理できるものの、将来に備えて支援者を決めておきたい場合に利用されます。

移行型

任意後見契約と同時に財産管理委任契約などを締結し、判断能力がある間は委任契約による支援を受け、判断能力が低下した後に任意後見へ移行する方法です。

足腰が弱くなり銀行や役所へ行くことが難しいものの、判断能力は保たれているという段階から支援を受けたい場合に適しています。ただし、財産管理委任契約から任意後見へ切り替える時期が遅れないよう、本人の状態を継続的に確認する仕組みが必要です。

即効型

任意後見契約を締結した後、速やかに任意後見の開始手続きを行う方法です。本人の判断能力がすでに低下し始めている場合に検討されることがあります。

もっとも、契約内容を理解して意思表示できる能力がなければ、任意後見契約そのものを締結できません。認知症の診断があるだけで一律に契約できないわけではありませんが、公証人が本人の理解力や意思を個別に確認します。契約を急ぐほど、後に契約の有効性が争われるリスクにも注意が必要です。

7.任意後見契約を作成する手続きの流れ

任意後見契約は、一般的に次の流れで準備します。

①将来の希望と不安を整理する

誰に支援を任せたいか、どこで暮らしたいか、自宅を売却して施設費に充てる可能性があるか、預貯金や不動産をどのように管理してほしいかを整理します。

②任意後見受任者を決める

信頼関係だけでなく、年齢、健康状態、居住地、事務処理能力、本人との利害関係も検討します。本人と同年代の親族を選ぶ場合は、将来その人も高齢になり、支援を続けられなくなる可能性があります。

③代理権の範囲と報酬を決める

任せる事務を代理権目録に具体的に定めます。任意後見人へ報酬を支払うか、支払う場合はいくらにするかも契約で決めます。親族を任意後見人にする場合、無報酬とすることも可能です。

④公証役場で公正証書を作成する

任意後見契約は、法律上、公正証書で作成しなければなりません。本人と任意後見受任者の本人確認資料、本人の戸籍謄本・住民票、任意後見受任者の住民票などを準備します。公証役場へ出向くことが難しい場合は、公証人の出張を利用できることがあります。

⑤任意後見契約が登記される

公正証書が作成されると、公証人の嘱託により東京法務局で任意後見契約の登記が行われます。本人や任意後見受任者が自分で登記申請をする必要はありません。

⑥判断能力が低下したら家庭裁判所へ申し立てる

医師の診断書などを準備し、現行制度では任意後見監督人選任の申立てを行います。家庭裁判所が任意後見監督人を選任すると契約が発効します。

8.任意後見契約にかかる費用

日本公証人連合会の案内によると、任意後見契約公正証書の作成には、原則として1契約につき1万3,000円の公証人手数料がかかります。これに、法務局へ納める収入印紙代2,600円、登記嘱託手数料1,600円、書留郵便料、正本・謄本の作成費用などが加わります。公証人の出張を利用する場合は、加算手数料、日当、交通費も必要です。

契約内容の設計や原案作成を司法書士などへ依頼する場合は、別途専門家報酬がかかります。

本人の判断能力が低下し、家庭裁判所へ申立てを行う段階では、現行の裁判所案内上、申立手数料800円、登記手数料1,400円、連絡用の郵便切手などが必要です。鑑定が必要になった場合は鑑定費用もかかります。

任意後見開始後は、契約で報酬を定めた場合の任意後見人報酬に加え、家庭裁判所が決定する任意後見監督人の報酬が本人の財産から支払われます。契約作成時の費用だけでなく、開始後に継続する費用も含めて検討することが大切です。

※費用や必要書類は変更されることがあります。実際に手続きをする際は、公証役場と管轄の家庭裁判所へ最新情報をご確認ください。

9.財産管理委任契約・家族信託・遺言との違い

任意後見契約と他の制度は、利用する時期と目的が異なります。

財産管理委任契約

本人に判断能力がある間から、預貯金の管理や支払いなどを委任する契約です。身体が不自由になった段階の支援には利用しやすい一方、任意後見制度のように家庭裁判所が選任した監督人による監督が当然に付くわけではありません。

家族信託

信託した預貯金や不動産などを、受託者が契約に従って管理・処分する仕組みです。認知症対策として活用できる場合がありますが、介護施設との契約、要介護認定の申請など、本人の生活・身上に関する手続き全般を家族信託だけで代理できるわけではありません。

遺言書

遺言書は、本人が亡くなった後の財産承継について定めるものです。任意後見契約は、本人が存命中の支援を目的としており、死亡により終了します。生前の財産管理と死後の財産承継を連続して考えるには、任意後見契約と遺言書をそれぞれ準備する必要があります。

死後事務委任契約

葬儀、納骨、医療費や施設費の精算、住居の明渡し、行政機関への届出など、死亡後の事務を依頼する契約です。任意後見契約では埋められない死後の空白に備えるために検討されます。

どれか一つを選べば必ず十分というものではありません。本人の判断能力、財産内容、家族関係、希望する支援の開始時期を踏まえ、役割が重複したり矛盾したりしないよう設計する必要があります。

10.2026年改正法で任意後見制度はどう変わる?

2026年6月24日、「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)」が公布されました。成年後見制度の見直しに関する改正は、公布の日から2年6か月を超えない範囲内で、政令で定める日に施行されます。2026年8月4日現在は施行前であるため、任意後見契約を利用する際は現行制度に基づいて手続きを行います。

改正後の主なポイントは、次のとおりです。

任意後見監督人を置かない場合が設けられる

現行制度では、任意後見契約を発効させるために任意後見監督人の選任が必要です。改正後は、家庭裁判所が「明らかに任意後見監督人による監督の必要がない」と認めるときは、任意後見監督人を選任しないことができる仕組みになります。

監督人を選任しない場合でも、任意後見人が全く監督を受けないわけではありません。改正法では、家庭裁判所が任意後見人の事務を監督するための規定が設けられています。

「任意後見開始の審判」で効力が生じる

現行制度では、任意後見監督人の選任によって契約の効力が生じます。改正後は、監督人の有無と契約開始を切り分け、「任意後見開始の審判」によって契約の効力が生じる仕組みになります。

申立てができる人の範囲が広がる

改正後は、本人、配偶者、四親等内の親族、任意後見受任者に加え、補助人、補助監督人や、任意後見開始を請求できる者として公正証書で本人が指定した人も、申立てができる仕組みになります。

本人の意向をより重視する

任意後見人が事務を行う際、本人へ情報を提供し、本人の意向を把握するよう努め、その意向を尊重することが明確化されます。また、任意後見監督人を選任する場合には、本人が契約時に公証人へ伝えた希望も考慮要素になります。

改正法が公布されていても、施行までは現行制度が適用されます。また、施行日や具体的な運用が今後示される可能性があります。契約作成時と任意後見開始時の双方で、最新情報を確認することが必要です。

11.任意後見契約でよくある失敗と注意点

判断能力が低下してから準備しようとする

任意後見契約は、本人が契約内容を理解し、自分の意思で契約できる間に作成する必要があります。「まだ元気だから早い」と先延ばしにしていると、希望する人を任意後見受任者に選べなくなる可能性があります。

契約後、本人の状態を確認する人がいない

本人の判断能力が低下しても、家庭裁判所への申立てが行われなければ、現行制度上、任意後見契約は発効しません。離れて暮らす親族を任意後見受任者にする場合などは、定期的な連絡や見守り契約を組み合わせ、開始時期を見逃さない仕組みを作ることが大切です。

代理権目録を広くすれば安心だと考える

権限が広すぎると、本人の自己決定を必要以上に制約する運用につながりかねません。反対に、必要な権限が抜けていると、施設入所や自宅売却などの場面で対応できない可能性があります。将来起こり得る場面を具体的に想定して設計しましょう。

任意後見人の年齢や将来の事情を考えていない

配偶者や兄弟姉妹を選んでも、任意後見が必要になる時点では、その人も高齢になっている可能性があります。複数の受任者、専門職や法人への依頼なども含め、長期間機能する体制を検討する必要があります。

死後の手続きまで任せられると思っている

任意後見契約は本人の死亡によって終了します。遺言書や死後事務委任契約を準備していないと、葬儀、納骨、財産承継、住居の片付けなどを希望どおりに進められないことがあります。

12.任意後見契約を検討した方がよいケース

次のような方は、早めに任意後見契約を検討する意味があります。

・将来の財産管理を任せたい家族や専門家が決まっている

・子どもがいない、または親族が遠方に住んでいる

・ひとり暮らしで、認知症になった後の生活が心配

・自宅や賃貸不動産など、継続的な管理が必要な財産がある

・希望する介護施設、療養方針、生活費の使い方がある

・法定後見が必要になってから支援者を決めるのではなく、自分で選んでおきたい

・財産管理委任契約、遺言書、死後事務委任契約まで一体的に準備したい

任意後見契約は、単に「認知症になったら財産を任せる契約」ではありません。将来どのような生活を送りたいか、その生活を誰に、どのように支えてもらうかを具体化する生前対策です。

まとめ

任意後見契約を利用すると、判断能力が十分なうちに、将来の支援者と任せる事務の範囲を自分で決めることができます。一方、公正証書の作成が必要であること、現行制度では任意後見監督人が選任されるまで効力が生じないこと、任意後見人に取消権がなく、事実行為や死後事務まで当然に任せられるわけではないことには注意が必要です。

2026年改正法によって任意後見制度は柔軟化される予定ですが、施行前は現行制度による手続きが必要です。制度を一つだけ選ぶのではなく、財産管理委任契約、家族信託、遺言書、死後事務委任契約などとの役割分担を考え、ご本人の希望と家族の状況に合った仕組みを整えましょう。

京都・東寺近くの不動リーガルオフィスでは、相談のご予約受付中です。

初回相談無料

土日祝も相談可能

京都市内は出張料無料

参考リンク

法務省:Q16~Q20「任意後見制度について」

法務省:「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について

裁判所:任意後見監督人選任

裁判所:任意後見制度の概要を知りたい方へ

日本公証人連合会:任意後見契約