「子どもたちが困らないように、今のうちに対策しておきたい」
相続対策を考える方の多くは、このような家族への思いから準備を始めます。
しかし、方法の選び方や進める順番を誤ると、良かれと思って行った対策が、かえって相続人同士の争いや税負担、手続きの停滞を招くことがあります。
相続対策には、遺言書、生前贈与、生命保険、家族信託、任意後見契約など、さまざまな方法があります。
ただし、どの制度にも向いているケースと向いていないケースがあり、ひとつの方法ですべての問題を解決できるわけではありません。
大切なのは、「どの制度を使うか」から考えるのではなく、家族関係、財産の内容、将来の生活費、判断能力の低下、相続税、遺留分、相続後の手続きまで見渡したうえで、目的に合う方法を組み合わせることです。
この記事では、相続対策でよくある失敗例を10個取り上げ、それぞれの原因と防止策を司法書士の視点からわかりやすく解説します。
- 相続対策の失敗は「一部分だけを見て決める」ことから起こる
- 失敗例1 「まだ元気だから」と先送りし、判断能力が低下してしまう
- 失敗例2 相続税の節税だけを優先し、遺産分割や生活資金を見落とす
- 失敗例3 毎年110万円を渡せば必ず相続税対策になると思い込む
- 失敗例4 相続時精算課税を「2,500万円まで非課税」と誤解して選ぶ
- 失敗例5 自分で遺言書を作ったものの、内容を実行できない
- 失敗例6 特定の子へ財産を集中させ、遺留分を見落とす
- 失敗例7 とりあえず不動産を共有名義にして問題を先送りする
- 失敗例8 家族信託を使えば、相続の問題がすべて解決すると思う
- 失敗例9 生命保険の受取人や契約内容を見直していない
- 失敗例10 財産調査と家族への説明をせず、対策を「作りっぱなし」にする
- 相続対策で失敗しないための5つの確認事項
- 相続対策は「制度選び」より「順番」が重要です
- 参考リンク
相続対策の失敗は「一部分だけを見て決める」ことから起こる
相続対策というと、「相続税を減らすこと」や「遺言書を書くこと」だけを思い浮かべる方も少なくありません。しかし、実際の相続では、次の問題が同時に関係します。
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誰が相続人になるのか
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どのような財産と債務があるのか
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誰に何を引き継いでもらいたいのか
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相続人同士の公平感をどう保つのか
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遺留分を侵害しないか
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納税資金や代償金を準備できるか
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認知症などで判断能力が低下した場合に財産を管理できるか
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相続後に名義変更や解約手続きを実行できるか
たとえば、相続税を抑えることだけを優先して自宅を配偶者に集中させると、最初の相続では税負担を抑えられても、配偶者が亡くなる二次相続で子どもの負担が増えることがあります。
また、特定の子に不動産を渡す遺言書を作っても、その子がほかの相続人へ遺留分に相当する金銭を支払えなければ、新たな争いにつながる可能性があります。
相続対策では、節税、財産管理、遺産分割、手続きの実行という複数の視点を切り離さずに考える必要があります。
失敗例1 「まだ元気だから」と先送りし、判断能力が低下してしまう
最も深刻な失敗は、必要性を感じながら何も決めないまま時間が過ぎ、本人の判断能力が低下してしまうことです。
遺言書の作成、生前贈与、家族信託、任意後見契約などは、本人が内容を理解し、自分の意思で決められる状態で行うことが基本です。
認知症という診断名が付いたら一律に何もできなくなるわけではありませんが、判断能力が十分でなければ、有効な契約や遺言を行うことは難しくなります。
判断能力が低下した後は、家庭裁判所に法定後見制度の利用を申し立てることが選択肢になります。
しかし、成年後見人は本人の財産と権利を守るために行動する立場です。「将来の相続税を減らしたい」「子どもへ早めに財産を移したい」という相続人側の都合だけで、本人の財産を自由に動かせる制度ではありません。
裁判所も、成年後見制度を「判断能力が十分ではない方の権利を守る人を選び、本人を法律的に支援する制度」と説明しています。
後見開始後は、当初の目的が解決しても、原則として本人の判断能力が回復するか、本人が亡くなるまで手続きが続きます。
失敗を防ぐポイント
体調の変化が起きてからではなく、本人が元気で、家族と落ち着いて話せるうちに対策を話し合う機会を設けることが必要です。
財産の一覧を作り、希望を書き出すだけでも次の判断がしやすくなります。
失敗例2 相続税の節税だけを優先し、遺産分割や生活資金を見落とす
相続税対策は重要ですが、税額だけで財産の分け方を決めると、家族の生活や相続後の実務に無理が生じることがあります。
代表例は、配偶者の税額軽減を最大限利用するため、一次相続で配偶者に多くの財産を取得させるケースです。
配偶者が実際に取得した正味の遺産額については、「1億6,000万円」と「配偶者の法定相続分相当額」のいずれか多い金額まで相続税がかからない仕組みがあります。
しかし、一次相続だけを見て配偶者へ財産を集中させると、その後の二次相続では相続人が減り、基礎控除額も変わるため、家族全体で見た税負担が増えることがあります。
また、不動産ばかりを相続させると、相続税や遺留分の支払いに使える現金が不足することもあります。自宅を配偶者へ残した結果、固定資産税や修繕費の負担が重くなり、かえって生活を圧迫する場合もあります。
失敗を防ぐポイント
一次相続と二次相続を一体で検討し、税額だけでなく、配偶者の生活費、介護費、納税資金、相続人間のバランスまで確認しましょう。
税額の試算や税務判断は税理士、遺言・登記・財産承継の仕組みは司法書士など、分野に応じた専門家が連携することが大切です。
失敗例3 毎年110万円を渡せば必ず相続税対策になると思い込む
暦年課税では、1年間に贈与を受けた財産の合計額が基礎控除額110万円以下であれば、原則として贈与税はかかりません。
しかし、「毎年110万円以下なら、何をしても問題ない」という意味ではありません。
親が子名義の口座を作り、通帳や印鑑を管理したまま、子が贈与を受けたことも知らない状態では、本当に贈与が成立していたのかが問題になることがあります。
また、最初から一定の総額を数年に分けて渡す約束をしていた場合には、その契約内容に基づいて税務上の判断がされる可能性があります。
さらに、暦年課税による贈与であっても、相続や遺贈により財産を取得した人が被相続人から一定期間内に受けた贈与は、相続税の課税価格へ加算されます。
2024年1月1日以後の贈与について、加算対象期間は段階的に最長7年へ延長されます。
したがって、「110万円以下だから相続とは無関係」と考えるのは危険です。
失敗を防ぐポイント
贈与者と受贈者が贈与の内容を理解し、贈与契約書、振込記録、通帳の管理状況などを整えておきましょう。
贈与を続ける場合は、毎年同じ方法を機械的に繰り返すのではなく、家族状況や税制の変化に応じて見直すことも必要です。
失敗例4 相続時精算課税を「2,500万円まで非課税」と誤解して選ぶ
相続時精算課税には、年110万円の基礎控除と、累計2,500万円までの特別控除があります。しかし、2,500万円までの財産が最終的に相続税の計算から完全に外れる制度ではありません。
贈与者が亡くなった際には、相続時精算課税を適用した贈与財産を相続財産に加えて相続税を計算します。
また、一度この制度を選択すると、その贈与者からの贈与について暦年課税へ戻すことはできません。
値上がりが期待される財産や収益を生む財産の早期移転など、制度が有効に働くケースはあります。
一方、将来の財産価値、相続税の見込み、贈与者の生活資金を検討せず、「大きな金額を無税で贈与できる」と理解して選択すると、想定外の結果になりかねません。
失敗を防ぐポイント
暦年課税と相続時精算課税の違いを確認し、贈与時だけでなく相続発生時まで含めて試算しましょう。制度の選択届出や申告期限にも注意が必要です。
個別の適用判断は、必ず税理士または税務署へ確認してください。
失敗例5 自分で遺言書を作ったものの、内容を実行できない
遺言書は、相続争いを予防するための有力な手段です。
しかし、書けば必ず希望どおりになるわけではありません。
自筆証書遺言では、財産目録を除き、原則として全文、日付、氏名を自書し、押印するなど、法律で定められた方式を守る必要があります。
財産の記載が曖昧で不動産や預貯金を特定できない場合、相続登記や金融機関の手続きで問題になることもあります。
法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用すれば、紛失や改ざんを防ぎやすくなり、保管申請時には方式について外形的な確認を受けられます。
ただし、法務局が遺言内容の法的な有効性まで保証する制度ではありません。
また、遺言執行者が必要な内容なのに指定がない、受遺者が先に亡くなった場合の予備的な条項がない、遺言作成後に不動産を売却しているなど、作成時には問題がなくても、時間の経過によって実行困難になることがあります。
失敗を防ぐポイント
財産を正確に特定し、遺言執行者、受遺者が先に亡くなった場合、財産の内容が変わった場合まで想定しましょう。
作成後も、家族関係や財産状況が変わるたびに定期的な見直しが必要です。
失敗例6 特定の子へ財産を集中させ、遺留分を見落とす
「同居して介護してくれた長男に自宅と預金をすべて相続させたい」という希望は多いです。
しかし、配偶者や子など、一定の相続人には遺留分という最低限の取り分が保障されています。
遺留分を侵害する遺言も直ちに無効になるわけではありませんが、侵害された相続人から遺留分侵害額に相当する金銭を請求される可能性があります。
財産の大部分が不動産で、取得した人に現金がなければ、不動産を売却したり、分割払いの交渉をしたりしなければならないこともあります。
また、長年にわたる多額の生前贈与が、遺産分割における特別受益や遺留分の計算で問題になる場合があります。
「生前に渡したから相続時には関係ない」とは限りません。
失敗を防ぐポイント
推定相続人と遺留分の概算を確認し、遺留分に対応できる預貯金や生命保険を準備する方法を検討しましょう。
特定の人へ多く残す理由を付言事項で伝えることも、感情的な対立を和らげる一助になります。ただし、付言事項には財産の帰属を直接決める法的効力はありません。
失敗例7 とりあえず不動産を共有名義にして問題を先送りする
不動産を公平に分けようとして、兄弟姉妹の共有名義にすることがあります。
しかし、共有不動産全体の売却には原則として共有者全員の合意が必要です。
賃貸、修繕、利用方法などについても意見が分かれやすくなります。
共有者の一人が亡くなると、その持分をさらに配偶者や子が相続し、共有者が増えることがあります。
世代交代を繰り返すうちに、連絡を取ったことのない親族との共有状態になり、売却や管理が難しくなるケースもあります。
兄弟3人で共有していたが、相続が発生したことにより、あまり付き合いのない甥、姪の子との共有となり、不動産の管理、処分について意見が一致せず、結局、何らの対応もできないまま放置するしかないと悩んでおられるケースがありました。
最初の対応を間違えると、後日、問題が発生する可能性が高いです。
相続時にとりあえず平等に分けよう、と安易に考えると、面倒な問題に直面する可能性が高いです。
失敗を防ぐポイント
共有にする前に、単独取得と代償金、売却して代金を分ける換価分割などを比較しましょう。
すでに長期間登記をしていない不動産がある場合は、相続人がさらに増える前に手続きを進めることが重要です。
失敗例8 家族信託を使えば、相続の問題がすべて解決すると思う
家族信託は、判断能力が低下した後も、信託契約で定めた目的に従って受託者が財産を管理・処分できる仕組みです。
不動産の管理や将来の財産承継に有効な場合がありますが、万能ではありません。
まず、信託しただけで当然に相続税が減るわけではありません。
また、信託の対象に入れていない預貯金や不動産は、原則として信託契約による管理・承継の対象になりません。
身上保護や医療・介護に関する法律行為への対応が必要な場合には、任意後見契約などとの組み合わせを検討することがあります。
信託契約の内容によっては、遺留分や税務上の問題についても別途検討が必要です。
インターネットで見つけたひな型を家族の事情に合わせず使用すると、受託者の権限が足りない、信託終了時の財産の帰属が曖昧、金融機関の実務に対応できないといった問題も起こり得ます。
失敗を防ぐポイント
家族信託で解決したい問題と、解決できない問題を最初に分けましょう。
遺言書、任意後見契約、財産管理委任契約などとの役割分担を整理し、必要に応じて税理士や金融機関とも事前に確認することが大切です。
失敗例9 生命保険の受取人や契約内容を見直していない
生命保険は、相続発生後に受取人が請求することで現金を確保しやすく、葬儀費用、当面の生活費、相続税、遺留分への対応資金などに活用できます。
一方、契約から長い年月が経過し、受取人がすでに亡くなっている、離婚した元配偶者のままになっている、家族構成が変わったのに見直していないといった失敗があります。
また、契約者、被保険者、保険料負担者、受取人の組み合わせによって、相続税・贈与税・所得税のいずれが関係するかが変わります。
被相続人が保険料を負担していた死亡保険金を相続人が受け取る場合、相続税では「500万円×法定相続人の数」という非課税限度額があります。
ただし、受取人が相続人でない場合には、この非課税の適用はありません。
失敗を防ぐポイント
保険証券を確認し、受取人だけでなく、保険料を実際に負担した人、保障額、保険期間、現在の目的を整理しましょう。
遺言書と生命保険の受取人指定が矛盾しているように見えると、家族の誤解を招くため、全体の整合性も確認します。
失敗例10 財産調査と家族への説明をせず、対策を「作りっぱなし」にする
相続対策の土台は、財産と債務の把握です。預貯金や自宅だけを見て対策を作り、次のような財産・債務を見落とすことがあります。
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遠方の土地、山林、私道持分
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先代名義のまま残っている不動産
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ネット銀行、証券口座、暗号資産などのデジタル資産
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生命保険、共済、貸金庫
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個人間の貸付金や借入金
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連帯保証債務
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非上場株式や事業用財産
2026年2月2日からは、登記官が特定の人を所有権の登記名義人として記録している不動産を一覧化して証明する「所有不動産記録証明制度」が始まりました。
相続人が被相続人名義の不動産を把握し、登記漏れを防ぐために利用できる制度です。
ただし、氏名や住所の表記状況などによって検索結果に含まれない不動産が生じる可能性も考え、固定資産税の資料、権利証、名寄帳などを併せて確認することが大切です。
さらに、遺言書や信託契約を作ったことを家族へ一切伝えず、保管場所も知らせていなければ、相続発生後に発見されないおそれがあります。
反対に、結論だけを突然伝えると、「誰かに言わされて作ったのではないか」と疑われることもあります。
失敗を防ぐポイント
財産・債務一覧と重要書類の保管場所を定期的に更新し、必要な範囲で家族や遺言執行者に伝えておきましょう。
財産の分け方に差を設ける場合は、本人の生活を守りながら、理由や考え方を丁寧に説明することが重要です。
相続対策で失敗しないための5つの確認事項
相続対策を始めるときは、少なくとも次の5点を確認しましょう。
1.目的を明確にする
「節税したい」「認知症に備えたい」「自宅を特定の子へ残したい」「相続手続きを簡単にしたい」など、優先したい目的を書き出します。
目的によって選ぶ制度は異なります。
2.本人の生活資金を先に確保する
財産を渡し過ぎて、老後の生活費や介護費が不足しては本末転倒です。
相続人へ残す財産よりも、まず本人と配偶者が安心して暮らせる資金を確保します。
3.財産・債務と家族関係を正確に把握する
不動産、預貯金、保険、有価証券、事業用財産、借入金、保証債務などを一覧化します。
戸籍上の相続人だけでなく、代襲相続、前婚の子、養子なども確認が必要です。
4.複数の制度の整合性を確認する
遺言書、家族信託、生命保険、任意後見契約、生前贈与を別々に作ると、内容が食い違うことがあります。
「どの財産を、誰が、いつ、どの根拠で管理・取得するのか」を一枚の表にして確認すると分かりやすくなります。
5.一度作って終わりにしない
相続対策は、家族の死亡・結婚・離婚、財産の売却、病気、介護、法改正などによって前提が変わります。
少なくとも数年ごと、または大きな変化があったときに見直しましょう。
相続対策は「制度選び」より「順番」が重要です
相続対策で大切なのは、流行している制度をすぐに利用することではありません。
まず、家族関係と財産・債務を確認し、本人が将来どのような生活を望むのか、誰に何を引き継いでもらいたいのかを整理します。
そのうえで、遺言書、生前贈与、生命保険、家族信託、任意後見契約などを比較し、必要なものだけを組み合わせます。
特に、相続税が関係するケースでは、司法書士だけで判断を完結させるのではなく、税理士による試算や税務確認が欠かせません。
不動産の売却を予定する場合は、不動産会社や土地家屋調査士などとの連携が必要になることもあります。
相続対策は、早く始めるほど選択肢が増えます。
一方で、急いで財産を移したり、十分に理解しないまま契約を結んだりする必要はありません。
現状を正確に把握し、本人と家族に合った順番で、一つずつ準備を進めることが失敗を防ぐ近道です。
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参考リンク


