遺言書を作成するとき、多くの方がまず考えるのは、「誰に、どの財産を相続させるか」という財産の分け方です。
しかし、財産の分け方だけを記載した遺言書を受け取った家族が、必ずしも遺言者の考えを理解できるとは限りません。
たとえば、長男に自宅を相続させ、長女には預貯金を相続させる遺言書が残されていたとしても、長女から見れば「なぜ兄の方が多いのか」と不満を感じることがあります。
遺言者には、
「長男は長年、自分の介護をしてくれた」
「長男には、先祖代々の家を守ってもらいたい」
「長女には生前、住宅購入資金を援助している」
といった事情があったのかもしれません。
ところが、その理由が遺言書に書かれていなければ、残された家族には伝わりません。
このような場合に、財産の分け方を決めた理由や家族への感謝、相続後の願いなどを伝えるために記載する文章が「付言事項」です。
付言事項とは
付言事項とは、遺言書の中に記載する、家族や関係者へのメッセージです。
一般的には、遺言書の法的な内容を記載した後に、「付言事項」と見出しを設けて記載します。
付言事項には、次のような内容を書くことができます。
・財産の分け方を決めた理由
・家族への感謝
・介護や生活支援をしてくれた人へのお礼
・相続人同士で争わないでほしいという願い
・自宅や事業を特定の人に引き継がせる理由
・残された配偶者を支えてほしいという希望
・葬儀や納骨についての希望
・ペットの世話に関するお願い
・遺留分を請求しないでほしいというお願い
・これまで家族に伝えられなかった気持ち
付言事項に法的効力はある?
原則として、付言事項そのものに法的な拘束力はありません。
たとえば、付言事項に次のように書いたとします。
「兄弟で仲良くし、遺留分侵害額請求はしないでください」
「相続した実家は、絶対に売却しないでください」
「私の死後は、長男が母親の生活費を負担してください」
このような文章が書かれていても、それだけで相続人に法的な義務が発生するわけではありません。
遺言によって法的な効果を発生させるためには、相続分の指定、遺産分割方法の指定、遺贈、遺言執行者の指定など、法律上認められた内容を、適切な表現で記載する必要があります。
民法では、遺言は法律で定められた方式に従って作成しなければ効力を生じないとされています。遺言書は一般的な手紙とは異なり、方式や内容について法律上のルールがある書面です。
ただし、「付言事項」という見出しの下に書かれているからといって、その文章が必ず法的効力を持たないとは限りません。
見出しではなく、書かれている内容から法的な意思表示と判断される可能性もあります。反対に、遺言者本人は法的な指示をしたつもりでも、表現が曖昧であるため実現できないこともあります。
法律上確実に実現したい内容は、単なる付言事項としてではなく、遺言本文に明確な遺言事項として記載することが重要です。
法的効力がなくても付言事項を書く意味
付言事項には原則として法的な拘束力がありません。それでも、付言事項を書くことには大きな意味があります。
1.財産の分け方を決めた理由を説明できる
相続人の間で取得する財産に差を設ける場合、理由が分からなければ、不公平感が生じやすくなります。
遺言者が亡くなった後は、本人に理由を尋ねることができません。
そのため、
「長男には自宅を守ってもらうため、不動産を相続させました」
「長女には生前に住宅購入資金を援助しているため、今回の遺言では次男に多く財産を残しました」
など、判断の背景を書いておくことで、相続人の理解を得られる可能性があります。
2.介護などへの感謝を伝えられる
長年にわたって介護、通院の付き添い、買い物、金銭管理などをしてくれた相続人に多く財産を残したいと考える方もいます。
遺言書がない場合、介護などをしたことが当然に相続分へ反映されるわけではありません。
寄与分の成立には法律上の要件があるため、介護への感謝を財産の配分に反映したい場合は、遺言書で明確に定めることが大切です。
その場合、「介護をしてくれたから多く相続させる」とだけ書くよりも、具体的な感謝の気持ちを付言事項として伝えた方が、他の相続人にも事情が伝わりやすくなります。
3.家族間の感情的な対立を和らげられる
相続争いは、財産額だけが原因で起こるとは限りません。
自分だけ大切にされていなかった、兄だけが親から信頼されていた、介護をしていないと言われた、といった感情が、対立を深刻にすることがあります。
付言事項で、それぞれの家族に対する感謝や愛情を丁寧に伝えることは、感情的な対立を和らげる一つの方法になります。
ただし、付言事項を書けば必ず相続争いを防げるわけではありません。
遺産の内容、家族関係、遺留分、相続税、財産を受け取る人の資力などを踏まえ、遺言本文そのものを適切に設計することが前提となります。
付言事項の文例
ここからは、付言事項の代表的な文例をご紹介します。
実際に使用する場合は、家族関係や財産の内容に合わせて調整する必要があります。
文例1 家族全員への感謝を伝える場合
付言事項
私は、家族に支えられ、幸せな人生を送ることができました。これまで私を支えてくれた妻、子どもたち、そして家族全員に心から感謝しています。
この遺言は、私なりに家族の将来を考えて作成したものです。財産の分け方だけを見れば、それぞれが受け取る財産に差があるかもしれませんが、決して愛情に差があるわけではありません。
私の死後も、家族がお互いを思いやり、助け合って暮らしてくれることを願っています。
文例2 介護をしてくれた相続人に多く残す場合
付言事項
長男○○には、長年にわたり、私の通院への付き添い、買い物、日常生活の支援をしてもらいました。
仕事や家庭がある中で、何度も私のために時間を割いてくれたことに、心から感謝しています。
今回、長男○○に自宅不動産を相続させることにしたのは、その感謝の気持ちと、これからもこの家を大切にしてもらいたいという思いからです。
他の子どもたちにも、それぞれ感謝しています。この遺言の趣旨を理解し、兄弟姉妹で争うことなく、今後も支え合ってくれることを願っています。
文例3 配偶者の生活を優先する場合
付言事項
妻○○は、長年にわたり私を支え、共に家庭を築いてくれました。
私の死後、妻が住む場所や生活費のことで不安を抱えることがないよう、妻に自宅と預貯金の多くを相続させることにしました。
子どもたちには、私の判断を理解し、母親が安心して生活できるよう見守ってもらいたいと思います。
妻が亡くなった後は、兄弟姉妹でよく話し合い、お互いを尊重して財産を引き継いでください。
なお、配偶者の死亡後の財産承継まで確実に指定したい場合、最初の遺言者の遺言だけでは実現できません。配偶者自身の遺言、家族信託、生命保険などを組み合わせた対策を検討する必要があります。
文例4 事業や自宅を特定の相続人に承継させる場合
付言事項
長男○○に会社の株式及び事業用不動産を相続させることにしたのは、これまで私と共に事業を支え、今後も会社を継続してほしいと考えたためです。
長女○○及び次男○○に対しても、愛情や感謝の気持ちに違いはありません。
会社は、従業員とその家族の生活を支える大切な存在です。私の意思を理解し、事業の継続に協力してもらいたいと思います。
文例5 遺留分について理解を求める場合
付言事項
この遺言による財産の分け方については、それぞれの生活状況、生前に行った援助、これまで私を支えてくれた事情などを考慮して決めました。
財産の取得額に差が生じることになりますが、決して家族に対する愛情の差によるものではありません。
私の考えを理解し、できる限り遺留分侵害額請求などによって争うことなく、円満に手続きを進めてもらいたいと願っています。
「遺留分を請求しないでほしい」と書けば請求されない?
付言事項に「遺留分を請求しないでください」と書いても、相続人の遺留分を一方的に消滅させることはできません。
遺留分とは、一定の相続人に保障される最低限度の遺産取得分です。遺留分を侵害された相続人は、財産を多く取得した受遺者や受贈者などに対して、遺留分侵害額に相当する金銭を請求できる場合があります。
なお、被相続人の兄弟姉妹には遺留分がありません。
付言事項によるお願いは、相続人が請求するかどうかを考える際の材料にはなりますが、請求する権利そのものを奪うことはできません。
遺留分の問題が予想される場合は、単に「請求しないでほしい」と書くだけでは不十分です。
あらかじめ、
・遺留分に配慮した財産配分にする
・預貯金や生命保険など、金銭を準備する
・不動産の評価額を確認する
・生前贈与の内容を整理する
・財産を取得する人が支払いに対応できるか確認する
・遺言書を作成する理由を丁寧に説明する
といった対策を検討する必要があります。
付言事項を書くときの注意点
感情的な非難を書かない
「長男は何もしてくれなかった」
「長女はお金のことしか考えていない」
「次男には親不孝を反省してほしい」
このような表現は、遺言者の本心であったとしても、相続人の感情を強く傷つけ、かえって争いを招く可能性があります。
付言事項では、誰かを責めるのではなく、自分がなぜその財産配分を選んだのかを説明することが大切です。
「何もしてくれなかったから財産を渡さない」という書き方よりも、「介護と生活支援を続けてくれた長男への感謝として、自宅を相続させることにした」という書き方の方が、遺言者の意図が伝わりやすくなります。
事実と異なることを書かない
特定の相続人に多く財産を残す理由として、生前贈与や介護などを挙げる場合は、その内容が事実と一致しているか確認しましょう。
実際には援助を受けていない相続人について「多額の援助をした」と書けば、相続人間の新たな争いにつながります。
可能であれば、贈与契約書、振込記録、通帳、領収書など、事実を確認できる資料も整理しておくと安心です。
付言事項だけで義務を負わせようとしない
「自宅を売却してはならない」
「母親の生活費を毎月支払うこと」
「ペットの面倒を最後まで見ること」
といった希望を、付言事項だけで実現しようとするのは危険です。
法律上の義務として一定の負担を求めたい場合には、負担付遺贈、信託、任意後見契約、死後事務委任契約など、目的に応じた別の方法を検討する必要があります。
また、お墓や仏壇などの祭祀財産を承継する人を確実に指定したい場合も、単なるお願いとしてではなく、法的な意味を持つ指定として遺言本文に記載することを検討します。
長すぎる文章にしない
付言事項には文字数の制限はありませんが、あまりに長い文章は、伝えたいことが分かりにくくなります。
「感謝」「財産配分の理由」「家族への願い」を中心に、簡潔にまとめることをおすすめします。
家族一人ひとりに詳しい思いを伝えたい場合は、遺言書とは別に手紙を残す方法もあります。
ただし、遺言書とは別の手紙に財産の分け方を書いても、通常、その手紙だけで遺言としての効力が認められるわけではありません。
法律上実現したい内容は、必ず正式な遺言書に記載しましょう。
自筆証書遺言に付言事項を書く場合
自筆証書遺言では、原則として遺言書の全文、日付及び氏名を遺言者本人が自書し、押印する必要があります。
財産目録についてはパソコンで作成したものや登記事項証明書、通帳のコピーなどを添付できますが、自書によらない財産目録の各ページには署名・押印が必要です。
また、訂正や追加にも法律上の方式があります。形式を誤ると、遺言書を相続手続に使用できなくなる可能性があるため注意が必要です。
自筆証書遺言は、法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用して保管することもできます。
法務局で保管された自筆証書遺言については、相続開始後の家庭裁判所による検認が不要です。また、紛失、隠匿、改ざんなどを防止できる利点があります。
ただし、法務局では遺言内容の相談には対応しておらず、保管制度を利用したからといって遺言書の法的有効性が保証されるわけではありません。
公正証書遺言に付言事項を書く場合
公正証書遺言は、遺言者の意思に基づき、公証人が作成する遺言書です。
公正証書遺言を作成する場合も、財産の分け方だけでなく、付言事項として家族への気持ちや財産配分の理由を記載できます。
公正証書遺言は、法律で定められた方式に従って公証人が作成するため、形式上の不備によって無効になる危険が比較的少ないことが特徴です。原本が公証役場で保管され、家庭裁判所による検認も必要ありません。
もっとも、公証人に遺言内容を伝える前に、財産、相続人、遺留分、相続後の登記手続などを整理しておく必要があります。
特に不動産が複数ある場合や、特定の相続人に財産を集中させる場合は、遺言書を作成する前の設計が重要です。
付言事項と遺言執行者
遺言書を確実に実現するためには、遺言執行者を指定しておく方法があります。
遺言執行者は、遺言の内容を実現するために必要な手続きを行う人です。
ただし、遺言執行者が実現できるのは、基本的に遺言書に法的な内容として記載された事項です。
「兄弟で仲良くしてほしい」「自宅をできるだけ残してほしい」といった付言事項上の願いを、遺言執行者が強制的に実現することはできません。
そのため、確実に実現したい内容と、家族の判断に委ねる願いを区別して記載することが大切です。
付言事項を作成する前に司法書士へ相談するメリット
付言事項は、遺言者自身の言葉で書くことに意味があります。
一方で、法律上実現したい内容まで付言事項として書いてしまうと、希望どおりの結果にならない可能性があります。
司法書士に相談することで、次のような点を整理できます。
・どの内容を遺言本文に記載するべきか
・どの内容を付言事項として記載するべきか
・不動産をどのように特定するか
・相続と遺贈をどのように使い分けるか
・遺留分を侵害する可能性があるか
・遺言執行者を指定する必要があるか
・自筆証書遺言と公正証書遺言のどちらが適しているか
・相続開始後に必要となる登記手続
・家族信託や任意後見契約などを併用する必要があるか
遺言書は、財産の分け方だけを決める書面ではありません。
なぜその分け方を選んだのか、残された家族に何を伝えたいのかまで整理することで、遺言者の考えが伝わりやすい遺言書になります。
まとめ
付言事項とは、遺言書に記載する家族や関係者へのメッセージです。
原則として付言事項そのものに法的な拘束力はありませんが、財産の分け方を決めた理由や家族への感謝を伝えることで、相続人の理解を得やすくなる可能性があります。
特に、一部の相続人に多く財産を相続させる場合や、介護をしてくれた人に財産を残す場合には、遺言者の判断の背景を説明しておくことが大切です。
ただし、付言事項に「遺留分を請求しないでほしい」「自宅を売却しないでほしい」と書くだけで、相続人を法的に拘束することはできません。
法律上確実に実現したい内容は遺言本文に明確に記載し、付言事項では感謝や判断の理由、家族への願いを伝えるという使い分けが重要です。
家族関係や財産の状況によって、適切な遺言書の内容は異なります。遺言書を作成する際は、財産の分け方だけでなく、遺留分や相続後の名義変更まで含めて検討しましょう。
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参考リンク
法務省:自筆証書遺言書保管制度について
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00051.html
法務省:遺言書の様式等についての注意事項
https://www.moj.go.jp/MINJI/03.html
e-Gov法令検索:民法
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
日本公証人連合会:遺言
https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow02
裁判所:遺言書の検認
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_17/index.html
政府広報オンライン:知っておきたい遺言書のこと。無効にならないための書き方
https://www.gov-online.go.jp/article/202009/entry-7835.html
函館地方法務局:自筆証書遺言書の文例集(付言事項付き)
https://houmukyoku.moj.go.jp/hakodate/content/001422139.pdf


