「自宅は同居している長男に相続させたい」「賃貸マンションは管理をしている娘に引き継がせたい」など、不動産の承継先を遺言で決めておきたいというご相談は少なくありません。

遺言で取得者を指定しておけば、その不動産について相続人全員で遺産分割協議をする必要はありません。
誰が取得するか決まらないまま不動産が共有になったり、売却や管理をめぐって相続人が対立したりする事態を防ぐうえで、遺言は非常に有効です。

しかし、不動産は預貯金と異なり、登記上の表示、共有持分、担保権、占有関係、維持費、税金など、多くの問題が関係します。遺言の文言が曖昧であるため登記ができない、取得者に納税資金がない、他の相続人から遺留分侵害額請求を受けて自宅を売却せざるを得ない、といった結果になることもあります。

この記事では、遺言で不動産を相続させる場合に、作成前から相続登記まで確認しておきたい実務上の注意点を解説します。

1.まず確認したい「相続させる」と「遺贈する」の違い

遺言の文案を考える際は、財産を受け取る人が法定相続人か、それ以外の人かを区別する必要があります。

相続人に不動産を承継させる場合

配偶者や子などの相続人に特定の不動産を取得させる場合は、一般に次のような文言を用います。

遺言者は、遺言者の所有する後記記載の土地及び建物を、長男〇〇〇〇(生年月日)に相続させる。

このように、特定の遺産を特定の相続人に承継させる遺言は「特定財産承継遺言」と呼ばれます。従来から「相続させる旨の遺言」と呼ばれてきたものです。

相続人以外の人に不動産を渡す場合

内縁の配偶者、子の配偶者、孫、知人、法人など、相続人ではない人に不動産を渡す場合は、「遺贈する」という文言を用います。

遺言者は、遺言者の所有する後記記載の土地及び建物を、〇〇〇〇(住所・生年月日)に遺贈する。

相続人に対して「遺贈する」と定めることも可能ですが、「相続させる」と「遺贈する」では法律構成や登記手続が同一ではありません。
受け取る人との関係や遺言者の意図を確認せず、インターネット上のひな型だけで言葉を選ぶのは危険です。

なお、2023年4月1日以後は、相続人が遺贈によって不動産を取得した場合、その相続人は所有権移転登記を単独で申請できるようになりました。
一方、相続人以外への遺贈では、受遺者と遺言執行者または相続人による共同申請となります。
単独申請か共同申請かで必要書類が変わります。
共同申請の際に、遺言執行者または相続人の協力が必要となるため、手続きをスムーズに進めることができるかという観点からも、考える必要があります。
この点からも、相続人以外の人へ不動産を遺贈するときは、遺言執行者を指定しておくことが非常に有益です。

2.不動産は住所ではなく登記記録どおりに特定する

遺言で不動産を相続させる場合に、最も基本的で重要なのが対象不動産の特定です。

「京都市南区の自宅を長男に相続させる」とだけ書くと、土地と建物の両方を指すのか、私道持分や敷地内の別棟を含むのかが分からないことがあります。
また、住居表示の住所と登記記録上の所在・地番・家屋番号は異なることが一般的です。

遺言書には、登記事項証明書などを確認して、原則として次の事項を正確に記載します。

  • 土地:所在、地番、地目、地積
  • 建物:所在、家屋番号、種類、構造、床面積
  • 区分建物:一棟の建物の表示、専有部分の建物の表示、敷地権の表示
  • 共有不動産:遺言者が有する共有持分

自宅の敷地に複数の筆がある場合、進入路や私道の持分がある場合は、それらが漏れていないかも確認します。
権利証(登記済証、登記識別情報通知)、名寄帳で確認することが必要です。
土地だけを相続させ、建物の指定が抜けてしまうと、土地と建物の所有者が分かれ、将来の利用や売却が難しくなる可能性があります。

未登記建物があるときは、固定資産税の課税明細書、名寄帳、建築確認関係書類、現地の状況なども調査し、遺言上の特定方法と、相続開始後に必要となる表題登記・所有権保存登記を検討します。

3.現在の名義と権利関係を調査してから作成する

遺言者が「自分の不動産」と考えていても、登記を確認すると、先代名義のままであったり、配偶者や兄弟との共有であったりすることがあります。
遺言によって承継させることができるのは、遺言者自身が有する権利です。

遺言作成前には、少なくとも次の事項を確認します。

  • 所有権の登記名義人と共有持分
  • 抵当権、根抵当権、差押えなどの登記
  • 借地権・借家権、賃貸借契約、使用貸借の有無
  • 境界未確定、越境、接道など売却や建替えに影響する事情
  • 固定資産税、管理費、修繕積立金などの負担
  • 農地、山林、収益物件、空き家など、その不動産固有の管理上の問題

先代名義の不動産がある場合は、先に相続登記を行い、現在の権利関係を明確にしてから遺言を作成する方法が安全です。
抵当権が完済後も残っている場合は、抹消登記の準備も検討します。

4.安易な共有指定は将来の問題を増やす

「子どもたちには平等に残したい」という思いから、自宅を子2人に各2分の1ずつ相続させる遺言も見られます。
しかし、不動産の共有は、必ずしも公平で使いやすい分け方ではありません。

共有不動産全体を売却するには共有者全員の協力が必要です。
賃貸、修繕、建替え、費用負担について意見が分かれることもあります。
さらに、共有者の一人が死亡すると、その持分が配偶者や子へ相続され、共有者が世代ごとに増えていく可能性があります。

公平を図るのであれば、不動産は管理・利用する相続人一人に相続させ、ほかの相続人には預貯金や生命保険金など別の財産を配分する方法も検討できます。
財産の構成によっては、不動産を取得する人がほかの相続人へ金銭を支払えるよう、納税・代償資金を準備しておくことも有効です。

もちろん、収益物件を家族で共同経営するなど、共有に合理性がある場合もあります。
重要なのは、「均等だから」という理由だけで共有にせず、将来の管理、売却、二次相続まで考えることです。

5.自宅を誰に相続させるかは居住者の生活と一体で考える

自宅の名義を誰にするかだけでなく、相続開始後に誰が住み続けるのかを確認する必要があります。

例えば、自宅を長男に相続させる一方で、その家には遺言者の配偶者が住み続けるケースです。
所有者となる長男と配偶者の関係が悪化すれば、配偶者の居住が不安定になるおそれがあります。

配偶者に自宅を相続させる
配偶者居住権を遺言で取得させる
物の利用関係を別途整える
など、複数の方法が考えられます。配偶者居住権は、配偶者の住まいを確保しつつ、建物の所有権を子へ承継させる選択肢ですが、評価、登記、修繕費の負担、将来の売却などを含めた検討が必要です。

「所有権を誰に渡すか」と「誰の居住を守るか」は、分けずに設計することが大切です。

6.住宅ローンや担保付不動産では債務も確認する

抵当権が付いている不動産を相続させても、抵当権が自動的に消えるわけではありません。また、「自宅と住宅ローンは長男に相続させる」と遺言に書けば、ほかの相続人が当然に債務を免れるわけではありません。

可分な金銭債務は、原則として法定相続分に応じて各相続人に承継されます。
遺言者が内部的な負担者を指定しても、債権者の承諾なしに、その指定を債権者へ対抗できません。

団体信用生命保険で住宅ローンが完済されるのか、事業用融資や連帯保証債務があるのか、金融機関との契約上どのような手続が必要かを確認しましょう。
不動産だけでなく、債務、保険、返済原資を一体として把握する必要があります。

7.遺留分を無視すると不動産を守れないことがある

特定の相続人に価値の高い不動産を集中させる遺言では、ほかの相続人の遺留分に注意が必要です。

遺留分は、兄弟姉妹以外の一定の法定相続人に保障された最低限の取り分です。
現在の制度では、遺留分を侵害された人は、不動産そのものの共有持分を当然に取得するのではなく、侵害額に相当する金銭の支払いを請求します。
したがって、遺留分侵害額請求があったからといって、遺言による不動産取得が直ちに無効になるわけではありません。

しかし、不動産を取得した相続人に支払資金がなければ、借入れや不動産の売却が必要になることがあります。
「自宅を一人に残す」という目的を実現するには、遺留分の概算だけでなく、請求を受けた場合の現金をどう確保するかまで考えなければなりません。

預貯金の配分、生命保険の活用、代償金の原資確保などを検討し、遺言の付言事項で配分理由や家族への思いを説明することも、感情的な対立の予防に役立ちます。ただし、付言事項だけで遺留分請求を法的に封じることはできません。

8.相続税と登記費用、維持費を試算する

不動産の評価額が高くても、取得した人が自由に使える現金を持っているとは限りません。
遺言を作成するときは、相続税、登録免許税、司法書士報酬、固定資産税、火災保険料、修繕費、マンションの管理費・修繕積立金などを見積もります。

相続または相続人に対する遺贈による所有権移転登記の登録免許税は、原則として固定資産税評価額の0.4%です。
相続人以外の人への遺贈による所有権移転登記は、原則として2%となります。
個別の免税措置が利用できる場合もあるため、申請時点の要件確認が必要です。

また、被相続人の自宅敷地などについては、一定の要件の下で相続税評価額を減額する「小規模宅地等の特例」が利用できる場合があります。国税庁の案内によると、特定居住用宅地等は330平方メートルまで80%減額され得ますが、取得者、居住状況、保有継続などの要件があります。

誰に相続させるかによって特例の適否が変わることがあるため、遺言作成前に税理士と連携して確認することが重要です。

9.遺言執行者を指定して相続後の手続を止めない

遺言執行者は、遺言の内容を実現するために必要な手続を行う人です。

特定財産承継遺言では、受益相続人が単独で相続登記を申請できますが、遺言執行者が指定されていれば、登記などの対抗要件を備えるために必要な行為を行う権限を持ちます。

相続人以外への不動産の遺贈では、遺言執行者がいないと相続人全員の協力が必要になることがあり、手続が進まない原因になります。

遺言執行者には相続人を指定することもできますが、相続人間の対立が予想される場合や不動産が複数ある場合は、手続に精通した司法書士などの専門家を指定する方法があります。

指定する人が先に死亡した場合や就任できない場合に備え、予備的な遺言執行者や、第三者に指定を委託する方法も検討します。

10.遺言があっても相続登記を放置しない

2024年4月1日から相続登記が義務化されました。相続により不動産を取得した相続人は、原則として、その取得を知った日から3年以内に相続登記を申請しなければなりません。相続人に対する遺贈によって所有権を取得した人も対象です。

正当な理由なく義務に違反すると、10万円以下の過料の対象となる可能性があります。

特定財産承継遺言により法定相続分を超える不動産を取得した場合、その超過部分について、登記をしなければ第三者に権利取得を対抗できません。

遺言書があるから自動的に登記名義が変わるわけではないため、相続開始後は速やかに相続登記を行うことが重要です。

なお、相続登記義務化前に発生した相続も対象です。2024年4月1日より前の相続について未登記であり、同日時点で要件を満たしている場合は、原則として2027年3月31日までの申請が必要です。

11.受取人の先死亡や不動産の買替えに備える

遺言書は、作成した時点で完成ではありません。相続が発生するまでに、指定した相続人が先に亡くなる、不動産を売却する、建物を取り壊して建て替える、土地を分筆・合筆する、といった変化が起こり得ます。

例えば、長男に自宅を相続させるとだけ定め、長男が遺言者より先に死亡した場合、長男の子が当然にその不動産を取得するとは限りません。次の取得者を定める予備的条項を置くことが有効です。

長男〇〇〇〇が遺言者より先に、または遺言者と同時に死亡したときは、前記不動産を孫〇〇〇〇に相続させる。

また、遺言作成後に対象建物を売却・建替えした場合、旧建物についての条項が新しい建物に当然及ぶとは限りません。
財産を売却したとき、家族関係が変わったとき、相続税制や登記制度が改正されたときには、遺言内容を見直しましょう。

12.遺言の方式と保管方法も実現可能性を左右する

不動産の遺言では、公正証書遺言を利用する方法と、自筆証書遺言を作成する方法が代表的です。

自筆証書遺言は手軽ですが、日付、氏名、自書、押印、訂正方法などの方式に不備があると、無効になるおそれがあります。財産目録はパソコンで作成したものや登記事項証明書の写しを利用できますが、自書によらない財産目録の各ページには署名・押印が必要です。

法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用すると、原本が法務局で保管され、相続開始後の家庭裁判所による検認は不要です。
ただし、法務局の保管制度は遺言内容の法的有効性を保証する制度ではありません。

公正証書遺言も検認が不要で、公証人が方式や内容を確認しながら作成します。不動産の価額が高い、家族関係が複雑、相続人以外へ遺贈する、遺言能力をめぐる争いが心配といった場合は、公正証書遺言を検討したほうがよいです。

自宅などで保管されている通常の自筆証書遺言は、相続開始後、原則として家庭裁判所の検認が必要です。封印のある遺言書を見つけても勝手に開封せず、家庭裁判所で手続を行います。

遺言作成前の実務チェックリスト

不動産を相続させる遺言を作成するときは、次の順序で確認すると漏れを防ぎやすくなります。

  1. 登記事項証明書、公図、固定資産税の課税明細書などで所有不動産を洗い出す
  2. 土地、建物、私道持分、共有持分、未登記建物の有無を確認する
  3. 抵当権、賃貸借、境界、管理費などの権利・負担を確認する
  4. 相続人と遺留分を把握し、不動産以外の財産・債務も一覧化する
  5. 取得者の居住予定、管理能力、納税資金、維持費負担を確認する
  6. 「相続させる」と「遺贈する」を適切に使い分ける
  7. 遺言執行者と予備的な取得者を定める
  8. 公正証書遺言または法務局保管制度の利用を検討する
  9. 不動産の売却・買替えや家族関係の変化に応じて定期的に見直す

まとめ|不動産の遺言は「誰に渡すか」だけでは足りない

遺言で不動産の取得者を指定することは、相続争いと共有化を防ぐ有効な方法です。
しかし、実現可能な遺言にするには、登記記録どおりの不動産表示、相続人と相続人以外の区別、遺留分、担保債務、税金、居住者の保護、相続登記、遺言執行者、予備的条項まで確認する必要があります。

特に不動産は、財産価値が大きい一方で分けにくく、維持費や管理責任も伴います。
ひな型をそのまま使用するのではなく、登記事項証明書と家族・財産の全体像を確認し、相続開始後に実際に登記できる文案を作ることが大切です。

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