「自分が築いた財産を、亡くなった後も社会のために役立てたい」

「地域の子どもたちを支援する基金をつくりたい」

「所有している不動産や美術品を、文化・福祉・環境保全のために活用してほしい」

このような希望を実現する方法の一つが、公益信託制度です。

公益信託は、財産を単に寄附して終わるのではなく、委託者が定めた公益目的に沿って、受託者が継続的に財産を管理・運用し、公益活動を行う仕組みです。

公益信託制度については、2024年(令和6年)に「公益信託に関する法律」が成立し、2026年(令和8年)4月1日から新しい制度が始まりました。大正時代から続いてきた制度を約100年ぶりに抜本的に見直す大きな改正です。

新制度では、公益信託の受託者になれる人・法人の範囲が広がり、金銭だけでなく、不動産、株式、美術品なども信託財産として活用しやすくなりました。
また、従来のような助成金の交付に限らず、受託者自身が公益活動を行う仕組みも想定されています。

一方で、公益信託は、一般的な寄附や家族信託とは性質が大きく異なります。認可を受けるための審査、信託管理人による監督、毎年度の書類作成・公表などが必要であり、「公益」という名称から想像するほど簡単な制度ではありません。

本記事では、新しい公益信託制度の基本的な仕組みから、相続・遺言との関係、税制上の注意点までわかりやすく解説します。

公益信託とは

公益信託とは、委託者が受託者に財産を託し、その財産を利用して、不特定かつ多数の人の利益を増進するための公益活動を行ってもらう制度です。

新しい公益信託法では、公益信託を、公益事務を行うことだけを目的とする「受益者の定めのない信託」と位置付けています。

一般的な信託では、信託財産から利益を受ける「受益者」が存在します。例えば、家族信託では、親が委託者兼受益者となり、子が受託者として親の財産を管理するケースがあります。

これに対して公益信託では、特定の個人を受益者として指定しません。奨学金を受ける学生、支援を受ける福祉団体、文化活動に参加する地域住民など、不特定かつ多数の人の利益につながる活動を行うことが前提です。

したがって、「障害のある自分の子どもの生活費を支援したい」「相続人の一人に収益を渡したい」という目的は、公益信託ではなく、家族信託、遺言、遺贈、生命保険など別の方法を検討することになります。

公益信託を構成する3人の関係者

公益信託には、主に次の3者が関係します。

1.委託者

委託者は、自分の財産を公益活動のために提供する人です。個人だけでなく、会社や各種法人も委託者になることができます。

委託者は、信託契約または遺言によって、次のような公益信託の基本的な枠組みを定めます。

  • どのような社会課題を解決したいのか
  • どの地域で活動するのか
  • どのような人や団体を支援するのか
  • どの財産を信託するのか
  • 公益信託を何年間継続するのか
  • 終了時の残余財産をどこに帰属させるのか

ただし、信託した財産を後から自由に取り戻せるわけではありません。公益信託の財産が委託者に戻ることはなく、委託者の親族などに特別な利益を与えることも認められません。

また、委託者が死亡しても、委託者としての地位が当然に相続人へ承継されるものではありません。

2.受託者

受託者は、委託者から財産を託され、公益信託を実際に運営する人または法人です。

受託者は、信託財産を自分の財産と分けて管理し、信託目的に従って公益活動を行います。
また、事業計画や収支予算の作成、助成先の募集・選考、財産の運用、財務諸表の作成、行政庁への報告なども担当します。

旧制度では、受託者が事実上、信託銀行などに限られる運用がされていました。新制度では、公益法人、NPO法人、一般法人その他の者にも受託者となる道が開かれています。
制度上は個人が受託者となる申請も想定されていますが、公益信託事務を適正に行うための経理的基礎と技術的能力が審査されます。

受託者には、善良な管理者としての注意義務、忠実義務、分別管理義務、帳簿等の作成・保存義務など、重い責任が課されます。そのため、単に「社会貢献に関心がある」というだけで受託者になれるわけではありません。

3.信託管理人

公益信託には特定の受益者がいないため、受託者を監督する信託管理人を置かなければなりません。

信託管理人には、例えば次のような役割があります。

  • 事業計画や収支予算を承認する
  • 財務諸表や信託概況報告を確認する
  • 受託者の利益相反行為を監視する
  • 必要に応じて違反行為の差止めや損失補填を求める
  • 受託者の選任・解任や信託内容の変更に関与する

信託管理人には、委託者や受託者から独立した立場が求められます。委託者・受託者の親族など、一定の特別な関係にある人は信託管理人になることができません。

2026年4月から何が変わったのか

新しい公益信託制度の主な変更点は、次のとおりです。

比較項目 旧制度 新制度
行政庁 事業分野ごとの主務官庁 内閣府または都道府県に一元化
受託者 実務上、主に信託銀行 公益法人・NPO法人・一般法人などにも拡大
信託財産 主に金銭 金銭・株式・不動産・美術品など
公益活動 主に助成金の交付 助成に加えて受託者が直接活動することも可能
認可基準 主務官庁ごとに運用 法律に統一的な基準を規定
監督・情報公開 主務官庁による監督 行政庁への定期提出・財務情報等の公表
税制 一定の公益信託に限定 原則として公益信託認可と基本的な税制優遇が連動

従来は、所管する主務官庁によって手続や審査基準が異なり、認可までに時間と費用がかかることが課題とされていました。

新制度では、2つ以上の都道府県で公益事務を行う場合は内閣府、それ以外の場合は原則として都道府県が行政庁となります。認可・監督の仕組みを公益法人制度と共通化し、基準の明確化が図られました。

公益信託で行うことができる活動

公益信託の対象となる公益事務には、例えば次のようなものがあります。

  • 奨学金の給付
  • 子ども・ひとり親家庭への支援
  • 高齢者・障害者の福祉向上
  • 難病の治療研究への助成
  • 学術・科学技術の振興
  • 文化・芸術の振興
  • 地域の歴史的建造物の保存
  • 美術品や文化財の保存・公開
  • 環境保全活動
  • 災害被災者への支援
  • 地域コミュニティーの活性化
  • 国際協力活動

旧制度では、受託者が助成先を募集し、選考して助成金を交付する「助成型」が中心でした。

新制度では、例えば、美術品を信託財産として受託者が展示・公開したり、不動産を地域交流施設として活用したりするなど、受託者自身が公益活動を行う「事業型」の公益信託も想定されています。

ただし、公益信託は「公益事務を行うことのみ」を目的とする必要があり、一般的な収益事業を自由に行えるわけではありません。

どのような財産を公益信託にできるのか

新制度では、金銭的価値を算出できる財産であれば、幅広い財産を信託財産とすることが想定されています。

具体的には、次のような財産です。

  • 現金・預貯金
  • 上場株式・非上場株式
  • 国債・投資信託などの有価証券
  • 土地・建物
  • 賃貸不動産
  • 美術品・骨董品
  • 知的財産権
  • その他の財産的価値を有する権利

例えば、企業経営者が保有株式を公益信託に提供し、その配当金によって研究者を助成する仕組みや、所有者が美術品を信託し、散逸を防ぎながら一般公開する仕組みが考えられます。内閣府の資料でも、株式配当活用型や美術品展示・活用型がモデルとして紹介されています。

もっとも、信託財産にできることと、実際に適切に運営できることは別問題です。

不動産の場合には、固定資産税、修繕費、火災保険料、賃貸管理費、境界問題、土壌汚染、建物の老朽化なども検討しなければなりません。美術品であれば、保管場所、温度・湿度管理、保険、鑑定、展示費用が必要です。

公益目的が立派でも、管理費用を賄えなければ制度を継続できません。そのため、財産の内容だけでなく、毎年の収入・支出や運営体制まで具体的に計画する必要があります。

公益信託を設定する基本的な流れ

公益信託は、おおむね次のような流れで設定します。

1.公益目的を明確にする

最初に、「誰のために、どのような公益活動を、どの地域で、どの程度の期間行うのか」を整理します。

「地域に恩返しをしたい」という抽象的な希望だけでは、実際の事業計画を作ることができません。支援対象者、選考方法、活動内容、費用、成果の確認方法などを具体化する必要があります。

2.受託者と信託管理人の候補者を決める

受託者には、公益事務を実施できる専門性、人的体制、経理能力、財産管理能力が必要です。

信託管理人についても、受託者を監督するための知識と能力、委託者・受託者からの独立性が求められます。

3.信託契約または遺言の内容を設計する

公益信託は、委託者と受託者との信託契約または委託者の遺言によって設定します。

信託行為には、公益信託の目的、公益事務の種類・内容、信託財産、受託者、信託管理人、報酬、存続期間、終了事由、残余財産の帰属先などを定めます。

遺言によって公益信託を設定する場合も、生前のうちに受託者候補や関係専門家と十分に協議しておくことが重要です。遺言書に公益信託を設定すると書いただけで、受託者の体制や認可要件を満たしていなければ、希望どおりに実現できない可能性があります。

4.事業計画・収支予算などを作成する

認可申請では、信託行為だけでなく、事業計画、収支予算、財産目録、受託者の経理的基礎・技術的能力を示す書類などが必要になります。

公益信託の認可基準には、公益目的だけでなく、関係者への特別な利益供与がないこと、公益信託事務を継続できること、公益事務割合や収支均衡などの財務規律、報酬の適正性、残余財産の帰属先などが含まれます。

5.行政庁へ認可申請を行う

公益信託の認可申請は、受託者となろうとする者が行政庁に行います。

行政庁は、公益認定等委員会などの合議制機関への諮問・答申を経て、認可基準を満たしているかを判断します。公益信託は、行政庁の認可を受けなければ公益信託として効力を生じません。

6.認可後に公益信託を運営する

認可を受けた後は、受託者が事業計画に従って公益事務を実施します。

毎年度、財務諸表や信託概況報告などを作成し、行政庁へ提出します。これらの書類は原則として公表されるため、公益信託には高い透明性が求められます。

公益信託のメリット

委託者の意思を長期的に反映できる

公益信託では、公益活動の目的、対象地域、活動内容、存続期間などを信託行為によって設計できます。

公益信託の名称に委託者の氏名を入れることも可能であり、「自分の財産をどのような形で社会に役立てたいか」という意思を長期的に残すことができます。

公益法人を新たに設立しなくてもよい

公益財団法人を設立する場合、一般財団法人の設立、定款の作成・認証、役員・評議員等の選任、公益認定申請などが必要です。

公益信託では、独立した法人を新たに設立する必要はありません。
受託者が既に持っている人材や運営ノウハウを活用できるため、公益法人の設立と比べて、比較的小規模な財産でも検討しやすい面があります。

ただし、認可申請や継続的な会計・情報公開が必要であり、「手続がほとんど不要」という意味ではありません。

財産を公益目的のために独立して管理できる

信託財産は受託者の固有財産と分別して管理されます。受託者が破産した場合でも、原則として信託財産は受託者の債権者に対する責任財産から切り離されます。

これは、公益団体へ直接寄附する場合と比較した公益信託の特徴の一つです。

遺言によって死後の社会貢献を設計できる

公益信託は、契約だけでなく遺言によって設定することもできます。

相続人がいない方、相続人へ一定の財産を残した後の残余財産を社会のために活用したい方、所有する文化的財産を死後も散逸させたくない方などにとって、遺贈寄付と並ぶ選択肢になります。

公益信託のデメリットと注意点

財産を自由に取り戻せない

公益信託に拠出した財産は、公益目的のために独立して管理されます。委託者の都合で自由に返還を求めたり、相続人に戻したりすることはできません。

将来の生活費、医療費、介護費などを十分に確保したうえで、信託する財産の範囲を決める必要があります。

特定の家族を優遇できない

委託者、受託者、信託管理人やその親族などに特別な利益を与える仕組みは、公益信託の認可基準に反します。

家族の生活保障や認知症対策が目的であれば、家族信託、任意後見、遺言、生命保険などを検討すべきです。

継続的な運営費用がかかる

受託者や信託管理人の報酬、会計費用、税務費用、財産管理費用、保険料、専門家費用などが発生する場合があります。

信託財産の規模が小さすぎると、公益活動よりも管理費の割合が大きくなり、認可基準や継続性の面で問題が生じる可能性があります。

認可後も監督・情報公開が続く

公益信託は、認可を受ければ終わりではありません。

行政庁は、定期提出書類の確認、報告要求、立入検査、勧告、命令などによって公益信託を監督します。重大な法令違反や命令違反があれば、認可が取り消されることもあります。

公益信託と家族信託・寄附・公益財団法人の違い

制度 主な目的 財産を受ける人・対象 行政庁の認可
公益信託 不特定多数の利益・社会貢献 一定の公益目的に沿った対象者 必要
家族信託 家族の財産管理・認知症対策 親、配偶者、子など特定の受益者 不要
公益団体への寄附 団体の活動を支援 寄附先の団体 寄附者については不要
公益財団法人 法人として継続的に公益活動を行う 不特定多数の者 法人設立後に公益認定が必要

公益信託と家族信託は、どちらも「信託」という言葉を使いますが、目的が全く異なります。

また、既存の公益団体へ寄附すれば目的を達成できる場合には、公益信託を新たに設定するより、使途を指定した寄附や「冠基金」を設けてもらう方が適していることもあります。

重要なのは、最初から公益信託ありきで考えるのではなく、公益財団法人、遺贈寄付、既存団体への寄附などと比較することです。

公益信託に関する税制上の注意点

新制度では、公益信託の認可と基本的な税制優遇が連動する仕組みが採用されています。

例えば、一定の要件のもとで、次のような税制上の取扱いがあります。

  • 個人が公益信託へ寄附した場合の所得税の寄附金控除
  • 法人が寄附した場合の一般寄附金とは別枠での損金算入
  • 信託財産から生じる所得の非課税
  • 利子・配当などに対する源泉所得税の非課税
  • 相続財産を公益信託のために支出した場合の相続税の特例

ただし、「公益信託の認可を受ければ、どのような税金も自動的に非課税になる」という意味ではありません。

特に、個人が土地、建物、株式などの現物財産を公益信託へ拠出すると、時価で譲渡したものとみなされ、含み益に対する譲渡所得税が問題になることがあります。

この譲渡所得等について非課税の特例を受けるためには、一定の要件を満たしたうえで、国税庁長官の承認を別途受けなければなりません。国税庁の案内では、原則として寄附の日から4か月以内に承認申請を行う必要があります。

また、相続や遺贈によって取得した財産を公益信託の信託財産として支出する場合には、相続税の申告期限、公益信託の認可時期、財産の受入れ時期などが特例適用に影響します。新制度に対応した相続税関係の通達も2026年に整備されています。

公益信託の設計に当たっては、司法書士だけで判断せず、税理士などの税務専門家と早い段階から連携することが重要です。

公益信託と相続・遺言を組み合わせる際のポイント

相続人の生活を優先して検討する

社会貢献への希望があっても、配偶者や扶養を必要とする家族の生活を圧迫する内容は慎重に検討すべきです。

また、遺言によって財産の大部分を公益信託へ拠出した場合、一定の相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。公益信託の認可とは別に、民法上の相続関係を確認する必要があります。

遺言書を作る前に受託者候補と協議する

遺言による公益信託では、委託者の死亡後に初めて具体的な手続が動き出します。

受託者候補が公益信託の内容を把握していない、信託財産の管理能力がない、運営費が不足しているという状態では、遺言者の希望を実現できないおそれがあります。

そのため、遺言書を作成する前に、受託者候補、信託管理人候補、税理士、弁護士、司法書士などの関係者で実現可能性を検討しておくことが重要です。

不動産を信託する場合は登記が必要になる

土地や建物を信託財産とする場合には、受託者への所有権移転登記と信託登記が必要です。

登記簿には信託目録が設けられ、信託目的や受託者など、信託に関する事項が公示されます。

もっとも、登記ができれば公益信託として問題なく運営できるとは限りません。
不動産の収益性、維持管理費、建築・消防関係の規制、賃貸借関係、担保権、将来の売却可能性なども確認する必要があります。

司法書士に相談できること

公益信託は、信託法、公益信託法、相続法、税法、不動産登記、行政手続などが関係する制度です。

司法書士は、特に次のような場面で関与することが考えられます。

  • 公益信託と遺言・遺贈を組み合わせる場合の相続関係の整理
  • 遺言書の作成支援
  • 遺言執行に関する検討
  • 信託財産に不動産が含まれる場合の登記手続
  • 相続登記や遺産分割との関係整理
  • 家族信託・任意後見・遺贈寄付など他制度との比較
  • 弁護士、税理士、行政書士など関係専門家との連携

ただし、公益信託の認可申請、税務判断、事業運営などには、それぞれの専門分野があります。案件の内容に応じて、複数の専門家による連携が必要です。

まとめ

2026年4月から始まった新しい公益信託制度は、これまでよりも幅広い人・法人が受託者となり、金銭だけでなく、不動産、株式、美術品などを社会貢献のために活用できる制度です。

公益法人を新たに設立せずに、委託者の希望に沿った公益活動を長期的に続けられることは、大きなメリットといえます。

一方で、公益信託には行政庁の認可が必要であり、信託管理人による監督、毎年度の会計・情報公開、財務規律の遵守などが求められます。委託者やその家族のために財産を管理する家族信託とは、目的も仕組みも異なります。

特に、遺言によって公益信託を設定する場合や、不動産・株式などの現物財産を信託する場合には、相続、遺留分、登記、税務、管理費用を含めた総合的な検討が欠かせません。

「財産を社会のために残したい」という思いを確実に実現するためには、財産を拠出する前に、公益信託、公益法人、遺贈寄付、既存団体への寄附などを比較し、自分の希望に最も適した方法を選ぶことが大切です。

 

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