はじめに|遺言書は「書けば安心」とは限りません

「家族がもめないように、遺言書を書いておこう」

そう考えて遺言書を準備する方は、近年とても増えています。相続登記の義務化や終活への関心の高まりもあり、ご自身で自筆証書遺言を書こうとされる方も少なくありません。

遺言書は、相続人に対して自分の意思を伝え、相続トラブルを防ぐための大切な書面です。特に、不動産を誰に相続させるのか、預貯金をどのように分けるのか、特定の人に多く財産を残したいのか、といった内容を明確にしておくことは、残された家族にとって大きな助けになります。

しかし、ここで注意したいのが、遺言書は「とりあえず書けばよい」というものではないという点です。

せっかく時間をかけて書いた遺言書でも、法律上の形式を満たしていなかったり、内容があいまいだったりすると、相続手続で使えない、相続人間で争いになる、場合によっては無効と判断されることがあります。

この記事では、遺言書が無効になりやすい典型的な落とし穴と、その対策について、京都・東寺近くの司法書士がわかりやすく解説します。

遺言書には主に2つの種類があります

一般的によく利用される遺言書には、大きく分けて次の2つがあります。

1つ目は、自筆証書遺言です。これは、遺言者本人が自分で書いて作成する遺言書です。費用を抑えて作成でき、思い立ったときに自宅で書けるというメリットがあります。一方で、法律で定められた形式を守らなければ無効になるリスクがあります。

2つ目は、公正証書遺言です。これは、公証役場で公証人に作成してもらう遺言書です。証人2名の立会いが必要ですが、形式不備による無効のリスクを抑えやすく、原本が公証役場に保管されるため、紛失や改ざんの心配も少ない方法です。

どちらがよいかは、財産の内容、家族関係、相続人の状況、遺言の内容によって異なります。ただし、ご自身で作成する自筆証書遺言の場合は、特に注意すべきポイントが多くあります。

落とし穴1|全文をパソコンで作成してしまう

自筆証書遺言で最も多い失敗の一つが、遺言書の本文をパソコンで作成してしまうケースです。

自筆証書遺言は、原則として、遺言者本人が全文、日付、氏名を自書し、押印する必要があります。つまり、遺言書の本文をパソコンで作成し、最後に署名押印だけをした場合、原則として自筆証書遺言としては有効になりません。

近年は、財産目録についてはパソコンで作成したり、通帳のコピーや登記事項証明書のコピーを添付したりすることが認められています。ただし、その場合でも、財産目録の各ページに署名押印が必要です。

つまり、「すべて手書きでなければ絶対にダメ」というわけではありませんが、本文部分は自書が必要であり、財産目録の扱いにも細かいルールがあります。

対策

自筆証書遺言を作成する場合は、本文、日付、氏名を必ず本人が手書きで記載しましょう。財産目録をパソコンで作成する場合は、各ページに署名押印をすることを忘れないようにしてください。

少しでも不安がある場合は、完成前に司法書士などの専門家に確認してもらうことをおすすめします。

落とし穴2|日付が特定できない

自筆証書遺言では、日付の記載も非常に重要です。

たとえば、「令和○年○月吉日」と記載した場合、具体的な日付が特定できません。そのため、遺言書として無効になる可能性があります。

遺言書は、複数作成されることもあります。
その内容が先の遺言と後の遺言で抵触(矛盾)する内容であれば、後から書かれた遺言書が有効となります。
先の遺言と後の遺言で内容が抵触する部分についてのみ、後の遺言内容を有効となりますので、抵触しない部分については、前の遺言の内容が有効のままです。

例えば、
ある人がA、B、Cの土地を所有している場合
①令和5年4月25日 A、B、Cを長男に相続させる との遺言書
②令和8年3月3日  A、B、Cを次男に相続させる との遺言書
⇒①は②と内容が背反するので、最新の遺言書である②のみが有効

①令和5年4月25日 A、B、Cを長男に相続させる との遺言書
②令和8年3月3日  Bを次男に相続させる との遺言書
⇒①Bを長男に相続させるという部分が②の内容と背反するので、この部分のみ②が有効
①A、Cを長男に相続させる 
②Bを次男に相続させる

遺言書を作成した日付がとても重要になります。

対策

日付は、「令和8年7月4日」のように、年月日を具体的に記載しましょう。

「吉日」「還暦の日」などは不可です。形式面では小さなミスに見えても、遺言書全体の有効性に関わる重要なポイントです。

落とし穴3|署名・押印がない

自筆証書遺言には、遺言者本人の署名と押印が必要です。

本文をきちんと手書きしていても、氏名の記載がない、押印がないという場合、遺言書としての形式を満たさず、無効になります。

押印については、実印でなければ絶対にダメというわけではありません。認印でも有効です。
しかし、相続手続での信用性や後日の争いを考えると、実印を使用しておく方が安心です。

対策

遺言書の最後には、必ず自筆で氏名を書き、押印しましょう。

実印を使う場合は、印鑑証明書を一緒に保管しておくと、後の手続で本人の意思を確認しやすくなります。

落とし穴4|訂正方法を間違えている

遺言書を書いている途中で文字を間違えた場合、二重線を引いて訂正すればよいと思われる方もいます。

しかし、自筆証書遺言の訂正には、法律上のルールがあります。単に修正液で消したり、二重線を引いて書き直したりしただけでは、訂正が有効に扱われない可能性があります。

訂正部分が重要な財産や相続人に関する箇所だった場合、その部分の効力をめぐってトラブルになることもあります。

対策

大きな訂正がある場合は、無理に訂正するよりも、最初から書き直す方が安全です。

特に、「誰に」「どの財産を」「どの割合で」相続させるのかという重要部分に誤りがある場合は、書き直しをおすすめします。
遺言書は、後で読んだ相続人や金融機関、法務局が内容を正確に理解できることが大切です。

落とし穴5|内容があいまいで特定できない

遺言書は、形式だけでなく内容も重要です。

たとえば、次のような書き方はトラブルの原因になりやすいです。

「自宅は長男に任せる」
「預金は家族で話し合って分ける」
「世話をしてくれた人に多めに渡す」
「不動産は妻に、その他は子どもたちに」

一見すると意思は伝わるように見えますが、法律上の手続で使うには不十分な場合があります。

「自宅」といっても、土地と建物があるのか、共有持分があるのか、複数の不動産があるのかによって特定が必要です。
また、「多めに渡す」という表現では、どの財産をどの程度渡すのかが分かりません。

相続登記や預貯金の解約手続では、遺言書の内容をもとに具体的な手続を進めます。そのため、財産や取得者が特定できない遺言書は、実際の手続で使いにくくなることがあります。

対策

不動産については、登記事項証明書の記載を確認し、所在、地番、家屋番号などを正確に記載することが大切です。

預貯金については、金融機関名、支店名、口座種別、口座番号などを記載すると特定しやすくなります。

また、「相続させる」「遺贈する」などの言葉の使い方によって、手続や法律関係に違いが生じることがあります。相続人に財産を承継させる場合と、相続人以外の人に財産を渡す場合では、表現にも注意が必要です。

落とし穴6|相続人以外に財産を渡す内容なのに対策していない

遺言書では、相続人以外の人に財産を渡すこともできます。たとえば、内縁の配偶者、お世話になった親族、友人、団体などに財産を遺したいというケースです。

ただし、相続人以外の人に財産を渡す内容にする場合は、相続手続が複雑になることがあります。

特に不動産を相続人以外の人に渡す場合、登記手続で相続人の協力が必要になることがあります。また、遺言執行者を定めていないと、手続がスムーズに進まない可能性があります。

対策

相続人以外の人に財産を渡したい場合は、遺言執行者を指定しておくことを検討しましょう。

遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために必要な手続を行う人です。
預貯金の解約、不動産の名義変更、受遺者への財産引渡しなど、遺言内容を実現するうえで重要な役割を担います。

相続人以外に財産を渡す内容の場合は、事前に専門家へ相談し、手続まで見据えた遺言書を作成することが大切です。

落とし穴7|遺留分への配慮がない

遺言書では、特定の相続人に多く財産を残すことができます。

たとえば、「長男に全財産を相続させる」「同居して介護してくれた子に自宅を相続させる」といった内容も、遺言として作成すること自体は可能です。

しかし、兄弟姉妹以外の一定の相続人には、遺留分という最低限の取り分が認められています。遺留分を侵害する内容の遺言書を作成した場合、後日、相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。

遺言書が当然に無効になるわけではありませんが、相続人間の大きな争いにつながることがあります。

対策

特定の相続人に多く財産を残したい場合は、なぜそのような内容にするのか、遺留分にどう対応するのかを考えておく必要があります。

たとえば、付言事項として自分の思いを記載する、生命保険を活用する、生前贈与とのバランスを検討する、遺留分相当額を現金で準備するなど、事前にできる対策があります。

ただし、遺留分に関する判断は個別事情によって変わります。家族関係が複雑な場合や、不公平感が生じやすい内容にする場合は、専門家に相談しながら慎重に進めることをおすすめします。

落とし穴8|認知症や判断能力の問題を考えていない

遺言書を作成するには、遺言の内容を理解し、その結果を判断できる能力が必要です。

高齢になってから遺言書を作成した場合、相続開始後に「その時点で本当に判断能力があったのか」が争われることがあります。

特に、遺言内容が一部の相続人に大きく有利な場合、他の相続人から「本人の意思ではなかったのではないか」「認知症が進んでいたのではないか」と主張されることがあります。

対策

判断能力に不安が出る前に、早めに遺言書を作成しておくことが大切です。

また、高齢の方が遺言書を作成する場合は、公正証書遺言を検討する、医師の診断書を取得する、作成当時の状況が分かる資料を残すなどの対策が考えられます。

「まだ元気だから大丈夫」と思っているうちに、病気や認知症で遺言書の作成が難しくなることもあります。遺言書は、元気なうちに準備することが何より重要です。

落とし穴9|遺言書を見つけてもらえない

遺言書は、作成しただけでは意味がありません。相続開始後に、相続人に見つけてもらい、手続で使える状態になっている必要があります。

自宅の引き出しや金庫に保管していたものの、相続人が存在に気づかなかったというケースもあります。また、見つけた相続人が内容を見て不利だと感じ、隠してしまう可能性もゼロではありません。

自筆証書遺言は、自宅で保管できる手軽さがある一方で、紛失、破棄、隠匿、改ざんのリスクがあります。

対策

自筆証書遺言を作成する場合は、法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用する方法があります。

この制度を利用すると、法務局で遺言書を保管してもらえるため、紛失や改ざんのリスクを減らすことができます。
また、法務局で保管されている自筆証書遺言については、家庭裁判所の検認が不要とされています。

ただし、法務局の保管制度では、遺言書の形式面は確認されますが、内容の有効性や相続トラブルの有無まで保証してくれるわけではありません。

「この内容で本当に手続ができるか」「相続人間でもめないか」「不動産の記載は正確か」といった点は、事前に専門家へ相談して確認することが大切です。

 

無効にならない遺言書を作るためのポイント

遺言書を作成するときは、次のポイントを意識することが大切です。

まず、形式を守ることです。自筆証書遺言であれば、本文、日付、氏名の自書、押印など、法律上の要件を満たす必要があります。

次に、財産を正確に特定することです。不動産であれば登記事項証明書を確認し、預貯金であれば金融機関名や口座番号を確認しましょう。

そして、誰に何を渡すのかを明確に書くことです。「任せる」「いいように分ける」「多めに渡す」といったあいまいな表現は避けるべきです。

さらに、遺留分や相続人間の感情にも配慮することが重要です。法律上有効な遺言書であっても、内容によっては家族関係に深刻な対立を残すことがあります。

最後に、相続開始後の手続まで考えることです。遺言書は「書いて終わり」ではありません。不動産の名義変更、預貯金の解約、相続人への説明、遺言執行者の有無など、実際に使える遺言書にしておく必要があります。

自筆証書遺言と公正証書遺言、どちらを選ぶべき?

自筆証書遺言は、費用を抑えて作成できるというメリットがあります。財産関係がシンプルで、相続人同士の関係も良好であれば、有効な選択肢になります。

一方で、次のような場合は、公正証書遺言を検討した方が安心です。

相続人同士の関係があまり良くない場合、再婚していて前妻・前夫との子がいる場合、子どもがいない夫婦の場合、相続人以外の人に財産を渡したい場合、不動産が複数ある場合、特定の相続人に多く財産を残したい場合、将来の判断能力に不安がある場合などです。

公正証書遺言は費用や手間はかかりますが、形式不備による無効リスクを抑えやすく、相続開始後の手続も比較的スムーズに進めやすいというメリットがあります。

司法書士に相談するメリット

遺言書の作成では、「文章として意味が通るか」だけでなく、「相続手続で実際に使えるか」が重要です。

特に不動産が含まれる相続では、登記手続まで見据えた記載が必要になります。不動産の表示が不正確だったり、共有持分の記載が漏れていたりすると、相続登記の段階で手続が止まってしまうことがあります。

司法書士は、不動産登記や相続登記の専門家です。遺言書の内容を確認する際にも、相続発生後に名義変更ができるか、遺言執行者を定めた方がよいか、相続人間でトラブルになりやすい点はないか、といった視点からアドバイスすることができます。

「自分で遺言書を書きたいけれど、最後に内容だけ確認してほしい」
「公正証書遺言を作りたいが、何から準備すればよいか分からない」
「不動産を誰に相続させるかで悩んでいる」
「子どもがいないので、配偶者にきちんと財産を残したい」

このようなお悩みがある方は、早めに相談しておくことで、後日のトラブルを防ぎやすくなります。

まとめ|遺言書は「残された家族への最後の思いやり」

遺言書は、自分の財産を誰にどのように残すかを決める大切な書面です。

しかし、形式に不備があったり、内容があいまいだったりすると、せっかく書いた遺言書が無効になったり、相続手続で使えなかったりすることがあります。

遺言書でよくある落とし穴は、次のようなものです。

自筆証書遺言の本文をパソコンで作成してしまう、日付が「吉日」になっている、署名や押印がない、訂正方法を間違えている、財産の記載があいまい、遺留分への配慮がない、遺言書を見つけてもらえない、検認手続を知らない、といったケースです。

遺言書は、書くこと自体が目的ではありません。大切なのは、相続開始後にきちんと使えて、残された家族が困らない内容にしておくことです。

「自分の書いた遺言書で本当に大丈夫だろうか」
「不動産の記載方法が分からない」
「相続人同士でもめないように準備したい」

そのように感じたら、早めに専門家に相談することをおすすめします。


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